ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百五十四話【兄弟子の事情】
- 2025.11.28
- ピースキーパー赤き聖者
- PeaceKeeper赤き聖者, 小説
酒場の扉を勢いよく開ける湖張。相変わらず顔は怖い。そしてカウンターにてグラスを拭いていたマスターと思わしき男性を見つけるなり早歩きで近づく。
湖張の姿に気が付き何事かと驚いた表情で様子を窺い続ける男性。中年で頭髪が寂しいが顎髭は健在である。湖張がカウンターに手をつくと、勢いが止まり切らずにバンっと音が響く。
「アディットはどこ!?」
表情を緩めずに問いかける湖張。するとマスターからは驚きの表情は消え、落ち着いた様子で答えが返ってくる。
「何かと思ったらアディットの事か。いきなりおっかない表情で来たから何事かと思ったよ」
「知っているの!?」
そこでジッと湖張を見るマスター。
「お嬢ちゃん、ここらへんじゃ見かけない顔だね。何でアディットを?」
そう問われると少し冷静さを取り戻したのか、声のトーンを落として湖張は答える。
「何でって・・・私はその人の妹弟子なんですよ」
驚いた表情を再び見せるマスター。そして次第にニヤッとして湖張を見つめる。
「妹弟子・・・そうか、君がそうなのか」
「・・・何ですか?」
マスターの様子に戸惑う湖張。彼は顎に手を当てて湖張を見ながら答える。
「いやー見てくれは悪く無いと言ってはいたが・・・アイツも罪な男だねえ」
「へ?」
「アイツを追ってここまで来たのだろう?いやぁ、情熱的だねえ。でも、追いかけすぎはかえって逃げられちゃうよ?」
「はぁ!?」
険しく大きな声で聞き返す湖張。腕を組んでニヤニヤしながら対応するマスター。
「いや、おじさんは事情を知っているんだ。照れなくても良いよ。君だろ?アディットに求婚をし続けているのって」
「はあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
酒場中に響く湖張の声。
「・・・湖張ねえさま?」
ニマニマしながら後ろから問いかけるラナナ。慌てて振り返り否定する湖張。かなりの焦りが見える。
「違う違う違う!私じゃない!私じゃない!!」
そこにマスターが割って入る。
「言っていたぞ、アイツ。妹弟子からずっと言い寄られているって。まあアイツは強いし人たらしっていうのか?妙に魅力的な人柄を持っているからな。お嬢ちゃんが惚れるのも無理はないって」
「だから私じゃないって!それは深雪!みーゆーきー!!」
「みゆき?ですか?」
湖張の隣に移動してきたラナナが問いかけると大きなため息をつく湖張。そして説明をする。
「そう深雪。私と同じ妹弟子。年も私と同じ。あの子はずっと兄弟子を慕っているの」
「何だ、お嬢ちゃんじゃないのか、アイツが里から離れた原因は」
「里から離れた・・・原因?」
ラナナとの会話を聞いていたマスターの言葉に反応をする湖張。そして気まずそうな顔を見せる。
「・・・いや、まあ確かにそれは私が原因なんだけれども・・・。」
「ん?じゃあやっぱり君がアイツに言い寄っているんだよね?」
「は?」
そこで一瞬時が止まる。そして再びニマニマしだすラナナ。
「だから私じゃないって!」
慌てて否定する湖張。首を傾げるマスター。
「どういう事だ?」
「いや、むしろどういう事です?あの人から何を聞いているのですか?」
険しい表情で問いかける湖張。すると腕を組んで答えてくれるマスター。
「まあ話してもいいか。アイツ、酒の席で言っていたんだよ。昔から妹弟子に言い寄られ続けているって。最初の頃は何とかあしらっては来たけれども、最近になってアプローチがエスカレートしてきたらしくてね。このままだと祝言まで待ったなしと思えることが増えたらしい。身を固めちまったら修行とか言っていられないからな。でも格闘家としてまだまだ上を目指したい思いがあるんだと。だからどうすれば回避できるかを真剣に考えていたそうだ。そんな中、とある事が起きたらしい。というのも言い寄ってくる子とは別の妹弟子がいるのだけれども、その子は鬼神のように強いらしいんだ。そして師匠からはお互い無事では済まないから手合わせは禁止されていたらしい。だけれども自分と妹弟子、どちらが強いのかずっと試したかったらしいんだよね。そして師匠には秘密で手合わせをしたらしいのだけれども、情けない事に一撃でやられちまったらしい。鬼神の様ではなく鬼神そのものだったって言っていたな。でも、のされて仰向けになった時に目の前に広がった空を眺めながら思ったらしい。この勝負に負けた事を理由に武者修行の旅に出たという事ならば求婚から逃げられるのではないかと」
マスターの話をそこまで聞くと、今まで見たことが無いような、見るもの全ての背筋が凍るような表情を見せる湖張。
「待って、すると何?あの馬鹿兄弟子は私との勝負に負けたから出て行ったのではなく、深雪から逃げるために出て行ったの?」
「・・・勝負に負けた?すると君は鬼神の方か!?」
「鬼神じゃない!」
「なんか、まさかの展開すぎますね」
ラナナがレドベージュにひそひそ話をすると、想定外といった雰囲気の天将。
「むう、何となく事情は把握できたが・・・天では把握していなかった部分ではあるな」
「ああああああ!もう何なの!?あの人って本当に何なの!?」
頭を掻きむしりながらいら立ちを露わにする湖張。そして怖い視線をマスターに向ける。
「あの人は何処!?」
苦笑いのマスター。
「まあまあ落ち着いてくれよ。実は今はこの街にいないんだ」
「え?」
「でも近いうちに帰ってはくるよ。さっきも言っただろう?格闘家として上を目指していると。だから数日間、街の北側にある山に行って籠り、修行をして食料が無くなったり、旨いものが食べたくなったら街に戻ってくるというのを繰り返しているんだ」
「修行?」
「そう。で、今はその修行中。それは一昨日の話だ。あと二日か三日したら戻ってくるだろう」
「呆れた・・・そんなフラフラした生活をしているの?」
「まあ自由気ままと思うかもしれないが、アイツは街の悪党共をいとも簡単に片付けてくれたし、近隣の魔物も大分退治してくれた。人の出入りが多い街だ。ゴタゴタした時は頼りになっているよ。街からも用心棒的なポジションで報酬も出しているんだ」
「それで生計を立てているんだ・・・その割にはイガザンが暴れているようだけれども?」
腕を組んで呆れた顔の湖張。するとマスターは真面目な顔で湖張に提案をする。
「そこでだ、お嬢ちゃん。君が代わりにイガザンを倒してくれないか?アディットがいない時で困っていたんだ。相当な腕前なんだろう。もちろん報酬は出すよ」
ジッと見つめる二人。二人の間にわずかな沈黙が流れる。
「湖張姉さま?」
いつもとは違う様子が心配になり、恐る恐る声をかけるラナナ。すると湖張はおもむろに深呼吸をし始める。二回、三回と繰り返す湖張。そして四回目に突入するのかと周囲が思った所で、無理に作ったような笑顔でマスターに話しかける。
「分かりました!お任せください!!」
少しテンションを上げていった感じで返答する湖張。その奇妙な様子の変化にマスターは戸惑いを見せる。
「あ・・・ああ、頼むよ」
さらに心配そうな顔で話しかけてくるラナナ。
「湖張姉さま?」
首をキキキと回しながら奇妙な笑顔で答える湖張。
「いやーまるで馬鹿兄弟子の尻拭いみたいで、物凄く腹立たしいんだけれどもさ・・・そもそもあの人がちゃんと街にいれば問題なかったわけでしょ?街からお金までもらっているのに。でもさ、そもそも私たちはこういう事が仕事なわけだからしっかりやらないと駄目だよね。怒りの心は判断を誤らせるから、芭蕉心拳は怒りを抑える修行もするの。だから冷静にね。しっかり仕事はしないとね」
(うぁ・・・納得していない)
心の中で呟くラナナ。ここまで感情的な湖張を見るのは初めてだったので変な苦笑いになる。
するとこのタイミングでレドベージュが会話に加わる。
「この依頼、我らで受けよう。だが先ほどこの街に着いたばかりなのだ。宿を取り昼食をとった後で良いか?新鮮な魚料理をと考えていたのだ」
マスターは不思議そうなものを見る目でレドベージュを見るがすぐさま様子が戻り答える。
「さっき喋っていたような感じがしたが、本当にしゃべるんだなアンタ。まあここにはいろんな奴が来るんだ。気にはしない。それより助かるぜ、引き受けてくれて」
そう言うとメモを書き始めるマスター。そしてレドベージュに差し出す。
「お礼の前払いという訳じゃねえが、宿はこちらで用意しておくぜ。夕方になったらもう一度ここに来てくれ。それまでに空いている割と良い部屋を探しておく。それで飯はうちでも出せるが、ここは酒場だ。昼食に魚料理だと、知り合いの定食屋の方が良いだろう。店を出て右に5軒隣にある店でメモを見せな。ご馳走をタダで出してくれるぜ。」
「ふむ、良いのか?」
「当たり前よ!」
気前よくマスターが笑顔を見せるのを確認すると、ラナナは湖張の袖をクイクイっと引っ張る。
「そうしたら早速お昼に行きましょう。美味しい物を食べて気分転換です。イガザンだっていつ現れるか分からないのです。今のうちですよ」
彼女の優しい微笑みを見ると、少し心を落ち着けたのか、小さくため息をつく湖張。そして頷く。
「そうだね、とりあえず行こうか」
そう言って移動しようとした時、酒場の扉から青年が飛び込んでくる。
「大変だマスター!イガザンがまた現れた!!」
「何だと!?」
予想外と言った様子でカウンターから出てくるマスター。その展開に嫌そうな顔になるラナナ。
「・・・何もこのタイミングじゃなくても。」
すっかり昼ごはんモードだったのでやるせなさそうにしていると、スッと移動する湖張。顔は少し怖い。
「でもまあ何時まで経っても現れないよりは良いよ。・・・それに今、妙に暴れてもいい気分なんだよね」
「怖いです、湖張姉さま」
そう言いながら後について行くラナナ。小さくため息をついたようなレドベージュも後を追う。
「イガザンの出現場所は?」
青年い問いかけるレドベージュ。するとマスターが彼に言葉を投げる。
「案内してくれ、アディットの代わりにイガザンを退治してくれるそうだ」
「分かりました、こっちです!!」
元気よく返事すると、走り出す青年。酒場を出て左に進む彼を追うように移動を始めた。
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