ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百五十八話【落ち込んだ心にクッキーを】
- 2025.12.29
- ピースキーパー赤き聖者
- PeaceKeeper赤き聖者, 小説
静かな夜の宿の部屋。湖張は窓の近くの椅子に腰を掛け、ぼんやりと外を見つめている。ラナナはベッドに腰を掛け、膝の上で猫のように丸くなっているユカリをぼんやり見ながら撫でている。二人とも何かを話す事もなく、ただただ静かな時間が過ぎていく。
「戻ったぞ」
レドベージュがゆっくり扉を開けて入ってくる。そして抱えていた紙袋をテーブルの上に置くなり、中身を取り出す。数種類のクッキーだ。
「夕飯もあまり入らなかったようだからな。もし空腹を感じたのならば食べると良い。今日明日で食べたくなくても日持ちはするであろう。無駄にはならぬから無理はしなくて良い」
そう伝えられるとキョトンとした表情を見せる湖張。そして申し訳なさそうな顔で息を小さく吐く。
「ごめんね、気を遣わせちゃったね」
「いや、気にしなくて良い。どうだ、食べぬか?大きめだが味は良いらしいぞ?」
体をレドベージュの方へ向ける湖張。しかし視線は斜め下に向いている。
「私はさ・・・赤き聖者になって家を出た時、目を覆いたくなるような光景を見る事も覚悟はしていたんだよね。でも、結局は違ったのかも」
「・・・すまぬ。辛い思いをさせてしまった」
申し訳なさそうな口調のレドベージュに対し、首を横に振る湖張。
「いや、レドベージュは悪くないよ。むしろ自分自身に驚いているんだ。こんなに落ち込むなんて。今日はさ、戻れなくなった人を直接この目で見たわけじゃないのに、村の様子から色々と想像しちゃって勝手に落ち込んで・・・」
「それは湖張が優しいからだ。気に病む事は無い」
「最初に黒い魔物と遭遇した町ではさ、大怪我をした人はいたけれども、帰られない人は一人もいなかったのは今思えば奇跡だったんだよね。あの時も町は酷い荒れようだったけれども、誰もいなくなっていないと知っていたから大丈夫だったんだね、きっと」
そこでレドベージュを見る湖張。
「私、こんなんじゃ駄目だよね?」
立ち直ろう、平然としていよう、しっかりとしなくてはと思いながら何度も姿勢を正しても、結局それが出来ていない。不甲斐なさから赤き聖者として失格なのではという不安から、そう問いかけてしまう湖張。
レドベージュは彼女の目を見つめすぐさま言葉を返す。
「そんな事は無い」
珍しく弱気を見せる湖張に即答で答えるレドベージュ。そして近寄って彼女の手にそっと自分の手を添える。
「そのままで良い。変わらなくて良い。今のままで問題は無い。我は駄目などと微塵も思ってはおらぬ。聖者の名にふさわしいぞ」
優しく落ち着いた声でゆっくりとそう伝えられると、少し安心したような顔を見せる湖張。
「・・・そっか。ありがとう。にしてもレドベージュの手って温かいんだね」
「うむ、こういう時は温もりが必要だと思ってな。少し魔法で温めたのだ」
噴き出したと苦笑いを見せる湖張。
「何それ!変な事を言わないでよ」
「我は鎧なのだ、基本は冷たいぞ」
「そうかもしれないけれどもさ」
「まあ我も変な事をしたとは思っている。だがそのような笑顔を見せてくれたのだ。悪くは無いさ」
そう言うと手を放し、ラナナの方を向くレドベージュ。
「ラナナも触れるか?」
その問いに彼女も苦笑いを見せる。
「一度ウケたネタを再度やるのはどうかと思いますよ。それに私は膝の上のユカリが温かいので大丈夫です。いつもは体温を感じないのですが、今日は温かく感じます。ユカリも同じ発想なのかもしれませんね」
「むう」
「そんな残念がらないでください。それに私も湖張姉さまと同じく赤き聖者になった時から覚悟は決めていたつもりです。流石にあの光景は少し驚きましたが問題ありませんよ」
そう言うとユカリの頭を再び撫で始めるラナナ。そして話を続ける。
「ただ不安な気持ちは続いています。というのも今日の事がきっかけで少し落ち込んじゃったら、連鎖したのかどうか分かりませんが、ここにきて急に先輩に託された手紙の事が不安になってきちゃったのですよね。目的地は隣の町ですよね?」
「うむ、そうではあるが・・・」
「何か凄く・・・不安なのですよね」
そう言うと顔を上げるラナナ。
「あの、もし込み入った話になってもそばに居てください!気を使って席を外さなくても構いませんので!」
そう伝えられると頷くレドベージュ。
「分かった、そばに居るとしよう。天将が味方なのだ、安心すると良い」
「・・・はい」
少し安心したような表情をラナナも見せる。何故だか彼女の小さな笑顔を見る湖張は更に落ち着きを感じた。すると急に空腹を感じ始め、スッと立ち上がりテーブルのクッキーの前に行く。
「折角だから一つ貰おうかな」
数種類あるクッキーのどれにしようか迷っていると隣に近づいて話しかけてくるレドベージュ。
「一つと言わず、沢山食べるのだ。遠慮はいらぬぞ?これなどはどうだ?ジャムが中に入っていて人気だそうだ」
「そうなんだ、じゃあそれにしようかな。ありがとね」
薦められたクッキーを手に取る湖張。すると心なしかレドベージュは嬉しそうな感じがする。その様子をジッと見つめる湖張。
「む?どうかしたか?」
「レドベージュってさ、やっぱり保護者みたいだね」
「そうか?」
「うん、そんな感じがする」
そう伝えると椅子に戻る湖張。そしてレドベージュを見つめながらクッキーを口にする。
「むう、視線が気になるぞ?」
「別にいいじゃない。ラナナも食べない?美味しいよ」
湖張の誘いからクッキーに意識を移すラナナ。その様子を感じ取ったのかユカリは膝から飛び降りて床に座る。
「じゃあ折角なので私もいただきますね」
テーブルに近づき手前にあるクッキーを手に取るラナナ。そしてレドベージュに「ありがとうございます」と伝えると椅子に戻ってクッキーを口にし始めた。
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