ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百二十七話【病み上がりの宿屋】

           

ゆっくりと窓を開けると、温かさを交えた心地よい風が穏やかに入ってくる。優しい日の光が部屋を照らし始めると、新しい朝が来たことを実感できる。

「良い天気だね」
ベッドから離れ、窓に向かってゆっくりと歩きだす湖張。熱が完全に引いたようで穏やかな顔をしている。昨夜は深く眠ることが出来た事もあって、すっかり元気を取り戻したようであった。しかしその彼女の行動を制止するようにレドベージュは前に立つ。

「こらこら、無理をするでない。確かに熱は引いたようだが病み上がりなのだ。倦怠感はあるであろう」
「うーん、そんな事は無いと思うけど?」
「まったく、そもそもこの病はこんなに早く治るものでもないのだ。たまたま症状が治まっただけで、まだどうなるのか分からないのだぞ?」
「もう、心配性だなあ」
湖張が腰に手を当てて不貞腐れたような仕草をしていると、扉からノックをする音が聞こえる。そう感じているうちに扉が開きラナナが顔を覗かせてきた。

「あ、元気そうですね」
左腕にしがみ付くユカリと共に部屋に入ってくるラナナ。すっかりと左腕に居住権を得たような雰囲気である。
「うん、おかげさまで。ラナナは眠れた?ユカリがずっと一緒だったのでしょう?」

そう尋ねられると左腕の幻獣を見つめながら答えるラナナ。
「はい、問題はありませんでしたよ。不思議と怖くありませんし。小さいままの姿で枕の隣で寝ていましたね。静かなものです」
「そうだったんだ」
「はい。ところで今日はどうします?」
「今日も宿で寛ぐぞ」

ラナナがスケジュールの確認をするや否や、大人しく滞在を主張するレドベージュ。それに呆れ顔の湖張。ため息も一つつく。

「だから、私は平気だって」
「それでもだ」
頑ななレドベージュの言葉に頷くラナナ。
「確かに湖張姉さまは元気そうですが、レドベージュの言う事も最もです。実際の所ぶり返しが多い病でもあるのです。今日は大人しくしていましょう?それに今日は湖張姉さまに暇つぶしの本を用意してきました」
「本?」
不思議そうな顔の湖張に近づき、一冊の本を差し出すラナナ。表紙にはラガース王国建国物語と書いてある。

「これって・・・」
少し嫌そうな表情を見せる湖張。それに腕を組んで説明をするラナナ。
「嫌そうな顔をしないでください。湖張姉さまは決して頭が弱いわけでは無いのです。知識を蓄えないと勿体ないですよ。それに少々、必要な知識になってきたような気がします」
「・・・ふむ、確かにそうだな」

ラナナの言葉に賛同するレドベージュ。
「どういう事?」
不思議そうな顔を見せる湖張。

「熱ではっきりとは覚えていないかもしれませんが、フィルサディアに入る前に騎士に会ったことを覚えています?」
「え?・・・あーなんとなく。なっていったっけかな?タウンさんだっけ?」
「はい、タウン・アッシャーです」
「そういえば何かその人の肩書についてラナナが引っかかっていたっけ?」
「そうです、あの人は建国の英雄の末裔ですし、ピースですしで疑ってしまいました」
「建国の英雄?・・・ああだからこれを読めと?」

湖張の理解に頷くラナナ。そして湖張の手を引いてベッドに座らせ、自分も並んで座る。
「その通りです。なんとなくですが、私たちは目を付けられた感じがします。別にやましい事をしているわけではありませんが、堂々と全てをさらけ出して良い立場でもありません。あの人、油断は出来ないようなタイプだと思いました」
「まあ何か切れ者のような雰囲気は出していたかも。それで少しでも情報を集めておけという事かな?」
「まあそれもありますが・・・少しアッシャー家というものが特殊なものなので知っておいて損はないと思うのですよ」
「特殊?」
「はい、この国において・・・むしろフィルサディア周辺だけの話ですが、アッシャー家というものは特別な雰囲気を持つ家なのですよ」
「うん?」

「以前お話した通り、元々フィルサディア周辺には小さな村が点々とあっただけで国がありませんでした。そして多くの魔物だけではなく武力集団、要するに賊ですね。それらが多くのさばっており、決して住みやすい場所ではありませんでした。その中で立ち上がったのが初代のラガース王です。まずは村に住む数人の若者で自警団を結成し、そして周囲の村とも協力し合い少しずつ規模を大きくしていきました。そして生活は安定していき、まとまったコミュニティとなっていきます。しかし同時期に同じように力を合わせた村同士も現れ愚かにも領土問題が発生し始めます。もちろん初代ラガース王は人々が争うのに異を唱えますが、周囲のコミュニティは賛同しません。というのも、その殆どが村々を力で束ねた覇道の集団、弱肉強食の世界だったのです。要するに力の強い者が全てを手に入れるという思想ですね。なので初代ラガース王のコミュニティも侵略を受けては対応をするという事を繰り返します。
そんな中、とある集団が現れます。それは灰の風を名乗る義賊でした」

「義賊?」
「はい、灰の風は悪い人から富を奪って生活に困る人々にばら撒く活動をしていたのです。そしてそのリーダーがカウント・アッシャー。建国の英雄その人です」
「義賊が英雄?」
「カウント・アッシャーは活動の途中で初代ラガース王と出会う事になり、王の人となりを知ります。そしてこの人ならと感じ、王の片腕としてそばに仕え様々な窮地を救う事になります」
「窮地を?」
「はい、初代ラガース王は人が良くって、いくつもの危険な目に遭うのですよ。その度にカウントに助けられます。カウントは群を抜いて強く、ありとあらゆる強敵や卑怯な罠から王を救います。更にラガース王に国を作るよう説得するのもカウントです。そして国にするまでの様々な苦難を陰で支えたのもカウントです」
「なるほど、だから建国の英雄なんだ」
「そうですね、それも理由のうちの一つです。ただ、やはり一番の理由はその強さで悪人たちから王を守った事が英雄視されている理由です」

「そっか、じゃあそんな人の子孫が現れたという事は、とても位が高い人が目の前に現れたという事なんだね?」
湖張がそう言うと、首を横に振るラナナ。

「いえ、そういうわけでは無いのです。というのも国を作る際、ラガース王は権力が一体化しないようにしました。絶対王政を避けたのです。というのも、もし将来的に王家が腐敗したら、または悪い人によって乗っ取られ傀儡政権と化した場合、取り返しがつかないことになると考えたからです。なので権力を大きく三つに分けました。一つは国王、もう一つは貴族票、最後に国民票です。基本的に国の方針は過半数が集まらないと決められないようにしました。その考え方自体はとても良いと思います。実際の所、このお陰でラガース王国は人々の平等が保たれている部分があります。しかし歪みも生じています。それが貴族票の部分です。貴族というものは要するに権力者です。数が少ない割に国の権利の三分の一も持っているわけですから。要するに一人の意見が強いです。初代ラガース王も貴族制度は反対だったのですが、国を興す際にどうしても他コミュニティの協力も必要で、そこの権力者たちを納得させるには貴族というものの存在が妥協点だったのです。当時の権力者は貴族という立場を得る事で、国づくりに協力をしました。それに国王一人で国を統治できるはずもありません。どうしても地域ごとに統治する力を持つ人を配置する必要もありました」

「そういえばそんな事、ハルザートも言っていた気がするね」
「はい。なので統治を行き届かせるために貴族も国が大きくなるにつれて増えていくことになりましたが、それはまた別の話です。そしてその貴族ですが、当然カウントも貴族の候補として名前が上がります。しかし周囲から大反発を受けるのです」
「何でまた?」
「元々は義賊として活動していたじゃないですか?いくら悪党しかターゲットにしていなかったとしても盗みは盗みです。それを良しとしないという声がありました。そして何より、カウントは汚い仕事も結構やっていました」
「汚い仕事?」
「要するに暗殺です。どうしても国を興そうとすると、他のコミュニティから敵視されることも多いです。王は何とか説得を試みますが、どうしても武力で衝突してくるコミュニティも数多かったとされています。その時に無駄に戦で人が命を落とさないよう、猪突猛進の指導者たちをカウントは暗殺をしたとされています」
「それによって戦を回避できたの?」
「はい、結局末端の兵士は言われたから戦うだけで、血の気の多い指導者がいなくなれば戦う事はありません。“多くの命を失わないために一つの命を刈り取る”これは本にも出てくるカウントの言葉です」
「必要悪・・・と理解する人も多そうだね」
「そうなのです。なので国民からカウントは絶大な人気がありました。しかしそれが仇になります。というのも貴族達からしたら、そんな英雄が貴族になってしまっては面白くないじゃないですか?国民票も国を動かす重要な要素です。それがカウント派となってしまっては、自分たちの思い通りに国が動かせなくなる可能性すらあります」
「だから出自と汚い仕事を理由に貴族にさせなかったと?」
「そういう事です。王もそれに関しては抵抗をしましたが、カウントは建国の大事な時に内輪もめで台無しになる事を避けるために自ら辞退しました。そして王の傍らで国と王家を守る立場を選んだのです。しかしそれでも国王に近い人間、つまりは特権階級になる事に異議を唱える者もあらわれると考え、何の特別扱いも受けない道を選びました。それは子孫代々続きます。いくら英雄であるアッシャー家の生まれといえど、まずはコネなしの一兵士から始め、それから実力で役職に上り詰める。そうすることで周囲から目を付けられることなく国と王家を守り続けています」
「はあ、なんだか立派だね」
「はい、なので建国物語においてカウント・アッシャーは人気の登場人物です。それでいて今になっても貴族達からは忌み嫌われる存在でもあります」
「え?今になっても?」
「はい。建国物語のお陰でアッシャー家は一定の人気があるのですよ。後は先ほどと理由は似ています。人気者は煙たいのが貴族です」
「なんだかなあ」
「ここまでの話を踏まえた上です。先日お会いしたタウン・アッシャーさんですが、おそらく本物でしょう。そしてピースと言っていました。ピースと言えば王子直属の騎士団・・・つまり精鋭部隊です。家の習わしで一兵士からのスタートだったにもかかわらず、そこまで上り詰める程の実力者なのでしょうね」

「実力者・・・か。やっぱり強いかな?」
「ええ、おそらくは」
「そっか」
そう言葉を交わすと本をパラパラとめくる湖張。

「というかさ、ラナナの話を聞いたら概要が分かったから、本を読む必要はなくなったんじゃない?」
そう言って苦笑いを見せる湖張。しかしその視線の先にはムスッとしたラナナの顔が映る。

「駄目ですよ。しっかりと読んでください。詳細は本の中です」
「え・・・あ、はい」
圧に負けてシュンとなる湖張。その様子にレドベージュが声をかける。
「まあ今日の時間を読書に充てる事は良い事だと我も思うぞ。それにアッシャーの強さが気になるのであろう?それについては物語に出てくるはずだ」
「え?そうなの?」
「うむ、フォーアームズに触れているはずだ」
「フォーアームズ?」

聞きなれない単語に首を傾げる湖張。
「両手両足を扱い、流れるような攻撃を仕掛ける独特の技だ。まるで4本の腕で攻撃されているように錯覚すると言われている」
「それはそれは器用な事で」
そう言いながら本をパラパラとめくる湖張。そしてとあるページで動きを止めると、目に留まった部分を音読し始める。

「左に回転しながら棍棒を構える巨人に向かって飛び上がると、左手の剣で巨人の右手を棍棒ごと切り落とし、右手の剣で胸に深い傷を付けた。更には回転の流れを止めないまま左足で巨人の側頭部を蹴り脳震盪を起こさせた直後、右足で頭頂部から蹴り落とし、瞬く間に目の前の巨体を地面に沈めた」
そこまで読むと少し考えた後にレドベージュを見る湖張。

「うん、なんか良く分からない」
「まあそうかもしれぬな。だがなんとなくは分からぬか?」
「・・・まあ何となくは分かるけど。要するに一回転の間に両手両足を使って攻撃したという事だよね?」
「うむ、そうだな」
「やっぱり器用だね」
「うむ。ただそれは誇張表現ではなく、アッシャー家の人間は実際にそのような動きをするのだ」
「・・・そうなの?」
「うむ。建国の物語や伝記にアッシャーの技について事細かく解説されているわけでもなく、むしろ話を面白くするために大げさな表現がされている部分もあるのだが、あながち嘘でもないのが面白い。そういう所も含めて読んでみる価値があるとは思わぬか?」

そう問われると少し考える湖張。
「そうだね、書いてあることを真に受けないにしても参考にはなるようだね。知っていて損はないかもしれないか・・・。分かった。読んでみるよ」
「そうです。今日はそういう日にして完治させましょう」
「うむ、そうだな。安心できると判断したら南の山を登るぞ」

ラナナの後にレドベージュが続けて話した言葉に不思議そうな顔を見せる二人。
「山に?何でまた」
湖張が尋ねると一つ頷くレドベージュ。
「カテ草を採りに行った際、傷ついたグリーンドラゴンに遭遇してな。その事が気がかりなのだ。ラナナにはその時に話したのだが、この地のグリーンドラゴンは天との関りを持つ存在でな。ひょっとしたら何かがあったのかもしれぬ。そして南の山、丁度ユカリがいた森に隣接している山がグリーンドラゴンの住処なのだ。そこに赴き様子を見たい」
その言葉を聞くなり少し苦い顔を見せて尋ねるラナナ。

「また襲われたりしません?」
「襲われたんだ」
「ええ、突然」
湖張の問いかけにため息のラナナ。

「うむ、おそらくは平気であろう。あの時は傷ついていた事もあり興奮状態だったと思える。しかも山には言葉の通じる上位個体もいるであろう。何とかなるさ」
「言葉が通じる上位個体ですか・・・興味がありますね」
「まあ中々対面する機会は無いだろうな」
「そうしましたら楽しみという気持ちに切り替えておきます。では部屋に戻りますね。今日も宿に滞在なのでしたらいい機会ですので部屋でメーサ教の槍について解析をしてみます」

「あーあれか」
回収した槍の先端について思い出す湖張。
「うむ、それが良いな。頼んだぞ」
「機材がないので結果は保証できませんが善処します」
そう言うなり部屋を後にするラナナ。もちろんユカリも左腕にしがみ付いたまま退室していく。

「なんかあの光景、ぬいぐるみを常に身に着けている女の子だね」
湖張がそう呟くと、頷くレドベージュ。
「うむ。まあ幻獣なのだ。ぬいぐるみとして扱ってもらった方が助かるな」
「それもそうだね」
「さてと、何か食べるか?朝早くにラナナが用意してくれたパンと果物があるが」
「あーじゃあそれらを少しずつもらおうかな」
「うむ、ではテーブルまでこられるか?ベッドの上で食べるよりは良かろう」
「うん、ありがとう」

そう言うとゆっくりと移動してテーブルの前の椅子に腰かける湖張。レドベージュはその様子を伺いながら用意されたパンと果物を皿に並べてから、コップに水を注ぎ始めた。

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