ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百二十六話【看病】

           

「戻りました、湖張姉さま」
眠っていたらいけないと思い、そっと扉を開けて中の様子を伺いながら、小さく呼びかけるラナナ。魔法で飛んで帰ったお陰で日暮れ前には宿に戻ることが出来た。

「あ、お帰り」
返ってきた二人に気がついた湖張は普通の口調で声をかける。起きられない状態だと思い急いで帰ってきたのだが、実際の所はベッドから体を起こしており、辛そうな表情などなく普通の様子に見える。

「あれ?え?」
まるで病など無かったかのような状態に驚いた表情を見せるラナナ。戸惑いも混じる。

「寝ていなくて大丈夫なのか?」
流石にレドベージュも驚いたようで、ゆっくり近づきながら問いかけると、苦笑いを見せる湖張。

「うん、なんか大丈夫かも。ごめんね、心配かけて」
「いや、それは構わないのだが・・・」
そう言いながら手を額の付近にかざすレドベージュ。

「ふむ、大分熱が下がったようだな。だがまだ高めではある」
「そうなの?まあそうだろうね。まだ少しボーっとするもん」
「うむ、だが驚いたな。この病はそう簡単に熱が下がらないはずなのだが・・・」
「ひょっとして誤診だったのでは?」

苦い顔で問いかけるラナナ。しかし首を横に振った否定が返ってくる。
「いや、そんな事は無い。ラナナも風土病だと思っていたであろう?」
「まあそうなのですが・・・」
悩む二人。そこに少し考えた後の湖張が言葉をかける。

「あー私って昔から病気をしてもすぐ回復するんだよね。だからこうなる事も珍しくはないよ?それにほら、まだ熱っぽいし、これからぶり返すかもしれないし」

そう聞くと見つめあうラナナとレドベージュ。
「そうですよ!この病気はぶり返しがよくあります!こうしている場合ではありません。早く薬を作らないと!」
「うむ、そうだな!」
そう言うなりポシェットからカテ草を取り出すラナナ。そして机の上に並べる。

「えっと、どうやって作りましょうか?」
「うむ、まずは表面の汚れを取るぞ。桶に水を貯めて洗うとしよう」
「それでしたら今から汲んできます!」

「ギュー!」
ラナナが行動に移そうとすると、腕にしがみ付きながら急に声を上げるユカリ。そして何処からとも無く見た目がとても綺麗なカテ草を差し出してくる。

「え?ええ?!」
「ふむ、これは洗う必要がないくらいに綺麗だな」
「ギュー」
「・・・どこに忍ばせていたのですか?」
ユカリの腕をそっとつまんで腹の部分を見ようとするが、バッと振り払われ抵抗される。

「ギュー!」
「深いことは気にするな・・・とでも言っているのでしょうか」
「うむ、まあ良い。では次のステップだ。本来ならば数日間、天日干しにして水分を十分に飛ばす必要があるのだが、今はそんな悠長な事を言ってはいられぬ。弱火で炒めて水分を飛ばすぞ」
「焙煎ですね」
「うむ。焦げないように気を付けないといけぬ」
「では調理場を貸していただけるようにお願いしに行ってきます」

「ギュー」
またしても急に声を上げるユカリ。すると今度はしっかりと乾燥してあるカテ草を差し出してくる。

「・・・これって」
「うむ、十分に乾燥されているな」
「ですからどこに忍ばせて・・・寧ろなんで持っているのですか?」
「ギュー」

今度は両手でギュッと腕にしがみ付き、腹部を見られないようにする。小さな抵抗する姿を見せられると、小さくため息をつくラナナ。

「はぁ、もう見ませんよ」
「細かいことは気にしてはいけないようだな」
「・・・まあ良いです次の工程に移りましょう」
「うむ、そうだな。ではすり鉢ですり潰すぞ」

そう言うなり何処からともなくすり鉢と薬研を取り出すレドベージュ。その様子に難しい顔を見せるラナナ。

「レドベージュまで・・・。それは何処に忍ばせていたのですか?」
「まあ良いではないか。細かいことを気にするでない。調剤の道具はいざという時の為に必要だからな」
そう言いながらカテ草をすり潰し始めるレドベージュ。すると間もなくして綺麗な緑色の粉薬が出来上がる。

「出来たぞ!では白湯に溶かして出来上がりだ」
「分かりました!」
あらかじめ用意していた飲料水をコップに注ぐなり、水に向かって手をかざすラナナ。
「飲みやすい温度に」

目の前のコップに魔法をかけて程よい温度まで上昇させると、ほのかな湯気が立ち上る。
「うむ、丁度よい温度のようだ。では薬を入れて混ぜるぞ」

ちょっとした青臭さが湯気に乗って部屋に漂い始める。湖張はどうやらこれで完成のようだと感じると、少し姿勢を正し薬を飲む準備を始める。

「出来たぞ。少し苦いだろうが我慢して飲むのだ」
「わかった」
両手で丁寧に受け取る湖張。そして口に運びゆっくりと飲み始める。

「本当だ、ちょっと苦い」
「飲めますか?」
「うん、体の為に頑張るよ。二人が折角頑張って作ってくれた薬だし」
そうこうしている間に飲み終わる湖張。最後に大きく息を吐く。

「はあ、飲み終わった。うん、なんだか元気になった気がするよ」
いつもの苦笑いを二人に見せる湖張。
「そんなにすぐ効くわけがなかろう。まだ寝ていると良い」
「そうですよ、無理はダメですよ」
そう二人に言われると「そうだね」と優しい顔で返す湖張。そして数秒間その表情のままでいた後に、二人に問いかける。

「ところでさ、その子はだあれ?」
苦笑いでユカリに視線を移す湖張。するとラナナは左腕のユカリに視線を向けて答える。

「ああ、そうでしたユカリです」
「ユカリ?」
「幻獣ですよ」
「うん?」

またしても理解が追い付かない事が起きていると感じるなり首を傾げる湖張。その様子にレドベージュが解説を始める。

「ふむ、熱でまだ頭がしっかりと回らない中での少し難しい話になるかもしれぬが解説するか?」
その言葉に少し考える湖張。例え本調子であったとしても小難しい話だと頭がこんがらがりそうではあるのだが、それよりも目の前の不思議生物の方が気になる。よって頷くことを選ぶ。
「お願いしようかな」

返事を聞くなり一つ頷くレドベージュ。そして解説を始める。
「では幻獣についてだが、まずはその前に精霊についての話からだな」
「精霊?」
「精霊について聞いたことはあるか?」
「まあ名前だけなら」
「そうか、ならばやはり精霊の話からするとしよう」
湖張の様子を伺いつつ話の流れを決めるレドベージュ。
一呼吸置いた後に話を再開する。

「精霊の話をするには魔力の性質についての説明をしてからだ。まず覚えておいてほしい事として魔力というものは人の思いを宿すという特性がある事だ」
「思いを宿す?」
大きく目を開き不思議そうな表情を見せる湖張。

「そうだ。例えば治癒の魔法を受けた時、優しい魔法と感じたことはないか?」
そう問われると湖張は少し考えた後に頷く。
「あーあるかも」
「では次に攻撃の魔法を向けられた時、殺意や憎悪を感じたことは?」
「・・・殺意まではないけれど、攻撃的と感じた事はあるね」
「うむ、それで良い。それは主観的な意見と思いがちだが、実は違う。実際に自分に向けられた魔法に術者の思いが乗ってきているものを感じ取っているのだ」
「思いが?」
「そうだ」

今まで思いもしなかった事を聞かされるので戸惑いながらも考える湖張。レドベージュは話を続けずに様子を少し窺う。
「つまり使った人の気持ちが魔法に込められているという事?」
「そういう事だ」
「でも全ての魔法に思いがこもっているわけでもないよね?実際の所、相手の気持ちを感じない事の方がほとんどだし」
「うむ、そうだ。本当に強い思いでない限りはそう滅多に感じ取れるものでもない。基本的に分からない程度にしか思いは乗らぬ。しかも相手に伝えられる程に強い思いを乗せる事は狙って出来るものでもないのだ」
「やっぱりそうだよね?」
「うむ。だがな、ごく稀に思いを魔法に強く乗せやすい体質の者が生まれる時がある。しかも無意識にだ」
「無意識に?」
「そうだ。なのでそういう体質の者が魔法を放つと、魔法を使用したときの気持ちを感じ取り易い」
「そんな人がいるんだ」
「うむ、まあ本当にごく稀にだ。それでだ、ここまでの話が精霊について語る上で前提の部分となる。というのもこれが精霊の誕生に大きく関わってくるからだ」
「精霊の誕生?」
「うむ。精霊とはそのような強い思いが乗った魔力が様々な物や現象に融合することで生まれるのだ。例えば火が温かいという思いが魔力に乗って放たれたとしよう。本来ならばそれまでなのだが、その思いが実際に火と結びつくことで思いを持った火が出来上がる。だがそれだけでは所詮は火という現象だ。いずれ消えてしまって終わるであろう。だがその火自体に、あるいは周囲に転素があったとしよう。強い思いを持った魔力、すなわち力を放っている思いを乗せた魔素が転素と融合すると、不思議な事に自らの状態を維持しようという思いが生まれる。そうなると周囲に存在する魔素を次から次へと吸収していき、力の塊として大きくなっていく。また転素は魔素をありとあらゆるものに変化させることが出来る。なので集めた魔素を使用して肉体を作り、それに伴い心も徐々に形成されていき生物として成り立っていく。それが精霊だ」

ここまで話を進めると、レドベージュはジッと湖張の様子を伺う事にする。すると彼女は固まっているようにうつむいている。どうやら必死で頭の中で整理をしているようだ。
「難しかったか?」
「いや、なんとなくは分かったよ。ただ確認させて。いまいち魔素というものの理解が乏しいかも。私たちが普段使っている魔力という言葉と同じ捉え方で良いの?」

その問いに対して頷くレドベージュ。
「うむ、大まかに言えばそれでかまわん。確かに途中から表現を変えた事で混乱させてしまったかもしれぬな。魔素とは魔法を構成するための物だ。魔力を使って魔法を放つは魔素を使って魔法を放つと言い換えても問題はない。強い魔力を感じるは・・・そうだな、大量の魔素を使用した力を感じるといったところか?意味合いは完全にイコールではないが時と場合によるが同意義と思っても大丈夫な場合もある。魔素とは魔法の元で魔力とは魔素が転素の影響を受けて生まれる力と言ったところだな。人には魔素と転素の概念が知られておらず、魔法の元は魔力と考えられているので分かりづらい部分ではあるな」

そこまで聞くと、ラナナに視線を移す湖張。
「ラナナは理解した?」
その質問にコクコクと首を縦に振るラナナ。
「はい、初めてその話を聞いた時は静かに興奮しました。魔素に転素が影響することで魔法が使えるようになるという原理は衝撃的でしたね」
「そっか、まあ何となくは理解したよ。とにかく精霊というものは、誰かが強い思いを乗せて放った魔法に火みたいな現象や水みたいな物とかが合わさって出来たものという事だよね?」

湖張の言葉に頷くラナナ。
「はい、そうなります。ただ実際の所、人の世で考えられている精霊の誕生は人の思いがこもった魔法と火や水といった要素が結合して誕生するというもので、転素が関係している部分は知られてはいませんが」
「うむ、転素自体は人に知られていないものだから仕方があるまい。だがそれでも遠からずの原理に辿り着いている事は賞賛に値するな」

そこまで話すと、机の前に移動しコップに注がれている水を見つめるレドベージュ。
「とは言ったものの、先にも伝えた通り強い思いが魔力に乗る事は稀だ。なので精霊はそう簡単に誕生しない。しかしここで思い出して欲しい。魔法に強い思いを乗せやすい体質の者がいる事を」
「つまりその体質の人だと精霊を誕生させやすいという事?」
湖張の返しに頷くレドベージュ。内容的にもこれまでの話を理解していると感じ取る。

「うむ、その通りだ。だがその体質を持つ者は魔法を使いたがらない事が普通だ。何故なら自らの思いを魔法に乗せ易いのだ。知られたくない事も知られてしまう。それは嫌であろう?」
「あー、まあ確かに」
「なのでその体質の者は魔法を嫌う傾向がある。魔法が思いを乗せるという知識を誰かから教わらなくとも、自分が魔法を使うと思っている事が伝わってしまう事を経験的に知ってしまうからな」
「そうなると精霊は中々誕生しないね」
「うむ、そうなのだ。だがここで更に特殊な体質の者がいる事を教えよう。それは無意識の内に魔法を強めに放出する体質の者もいるのだ」
「どういう事?」

難しい顔で聞き返す湖張。
「そうだな、例えば無意識のうちに独り言を言うときは無いか?」
「無意識で?疲れたーとか、温かーいとか?」
「うむ、それだ。そのような感じでどんな人でも無意識のうちに魔法・・・いや特に効果のない微弱な魔法の霧みたいなものか?それを放つ事が時折あるのだ」
「え?そうなの!?」

その話を聞くなり驚いた様子で自分の両手を広げて見つめる湖張。
「うむ、誰かがそばにいると気配を感じたりするであろう?それは放たれている魔力を感じ取っている部分もあるのだ。もちろん気配に関してはその他の要因もあるのだがな」
「そうすると、その魔法の霧に思いが乗っちゃったら周囲の人に気持ちがばれちゃうって事にならない?」
「まあそうなる可能性はゼロではない。実際の所、相手が何を考えているのかがなんとなく分かるという時は魔法の霧に強く思いが乗ってしまっていることがあるからな。とはいったものの、それはその時の状況や相手の表情、仕草から推測される面が大きく、あくまで気がする程度のものだ。どんなに頑張ってもそれだけで判断は出来ぬ。受け取り手の思い込みとして扱った方が良い。というのも、魔法に込められた思いを感じられる理由は、思いを乗せた魔法の塊が自分に向けられているからだ。一方、なんとなく発せられた魔法の霧は塊ではないのでそのあたりに広く飛び散り、すぐに拡散してしまう。それらを一か所に集めて塊にしない限り思いを読み取ることなどできやしないさ」
「そうなんだ」

うむ。まあそれはさておきだ。そんな無意識のうちに放出する魔法の霧なのだが、人の中にはそれを多めに放つ体質の者がいるのだ」
「そんな人がいるんだ・・・」
「うむ、本当にごく稀にな。そういう者は何かを思うと時折魔法を多めに放ってしまう。ここで考えてほしい。もしこの体質の者が先ほど伝えた魔法に強い思いを乗せやすい体質も兼ね備えていたらどうなる?」

「・・・それって例えば焚火に当たって温かいと思っていたら、それが勝手に思いを乗せた魔法を放ってしまうって事だよね?」
「そうだ」
「それで目の前の火に融合してしまい、更には転素が近くにあったら精霊が出来上がってしまう。しかも多めに思いを乗せた魔法の霧を放つので融合しやすくなっているという事?」
「そうだ、しっかりと理解をしているようだな。ちなみに普通の人が放出する霧の量では魔力不足で融合まで出来ぬ。あくまで多めに放つ体質ではないと精霊として成り立たぬ」

そこで少し考える湖張。頭に過ったことを口に出す。
「じゃあその人の場合、精霊を沢山作り出す可能性があるという事だよね?」
確かめるような湖張に首を横に振るレドベージュ。

「いや、そういうわけでもない。精霊というものは条件さえ合えば誕生はするが、それでも確率はかなり低い。無から生命が生まれるようなものだ。そのような特殊な体質の者でも十年に・・・いや二十年に一度、一体の精霊を生み出す事があるかどうかだ」
「そうなんだ。すると精霊はかなり貴重な存在でもあるんだね」
「うむ。中々数が増えはしないな。とは言ったものの精霊には基本的に寿命が無い。外的要因で消滅させない限り存在し続けるので、徐々に数は増えてはいる」
「不老不死というやつ?」
「まあそうなるな」
「そっか。じゃあ今となってはたくさんの精霊がいるんだね
「そうだな。火や水の精霊を始め、土や空気もいたな。面白いものでは鍋の精霊もいたぞ」
「鍋?」
「うむ。結局のところ、意思を持たない現象や物質ならば何でも精霊になりうるのだ」
「・・・そうなんだ」
「この様に様々な精霊が存在する。そして精霊が持つ特徴や力はそれぞれに異なるのだ。そこで精霊の持つ力の度合いにより三段階に分けている。まずは通常の精霊。通常とは言ったものの、各々が持つ力はかなりのばらつきがある。それこそ浮いているだけの精霊もいれば、訓練された兵士をも圧倒するくらいの力をもつ精霊もいる。ただその中でも、飛び抜けて強い力を持つ精霊がいるのだ。境界は曖昧だが、そのような強い力を持った精霊を大精霊とし、一つの判断基準としている。ただその分け方では同じ分類には入れられない程に別次元で強い力を持つ精霊がいる。それを精霊神としている」

「精霊神?何か凄い名前だね」
「うむ、神という名が付く程に強い力を持つ精霊が存在するのだ。実際の所、通常の天使では太刀打ち出来ないだろうな。我ら天将ですら危うい」
「そんなに?」
「うむ、それほどまでに精霊神は強大な力を持っているのだ。とは言ったものの、この世には二体しかおらぬ。ジクールとメキンタグールだ」
「その二人はどんな精霊なの?敵に回したら厄介だよね」
「うむ、まあその心配はないと考えられている。というのも、メキンタグールは普段は小さな精霊に姿を変え、穏やかに過ごしている。昼寝が好きなのだ」
「うん?」
「基本的にのんびりしているのだ。そしてジクールだが・・・リンキ神の事は覚えているか?」
「神様を辞めた人だよね?」
「そうだ。ジクールはぶっきらぼうで攻撃的なところがあるが、リンキ神に忠誠を誓っていた。そしてリンキ神はジクールにその強大な力を無暗やたらに振るわないよう、そして悪しき事に使用しないよう命じていたのだ。その約束はリンキ神が神を辞め人となり、この世を去った今もなお続いている。よってジクールに関しても心配はない」

「そうなんだ。なんだかすごい話だね。ラナナは精霊神について知っていた?」
湖張の問いかけに首を縦に振るラナナ。
「はい。精霊神ジクールとメキンタグールの存在は人々に知られてはいます。とはいっても精霊の噂話なので確証を得てはいない存在だったのですが・・・レドベージュが言うのですから確証になりましたね」
ラナナの返答を聞くなり、何かに気が付いた様子のレドベージュ。

「そうか。精霊神について知られてはいたが、確かめられてはいないのだな」
「はい。精霊使いが精霊から聞いた話を基に知られている存在ですから」
「精霊使い?」

またしても知らない単語が出てきたので首を傾げる湖張。その様子に気づくと丁寧に解説するラナナ。
「精霊使いというのはですね、その名の通り精霊を使役する人の事です。使役とはいったものの、実際の所は精霊と仲良くなって力を貸してもらうといった方が近いですね。ただ仲良くなるとは言ったものの、そう簡単にはうまくいきません。というのも精霊と心を通わせられるのは訓練して出来るものではなく、それこそ生まれながらの体質が影響してきます」
「ここでもまた特異体質?」
「はい、その通りです。何がどういう仕組みなのかは分からないのですが、精霊に好かれやすい体質というものがあり、更には心を伝えやすい体質というものがあるのです」
「そこまで言うとレドベージュに視線を移すラナナ。気のせいか何かを期待しているような雰囲気を出しているようにも思える。
するとため息を一つつくレドベージュ。なんとなく意図が分かったようだ。

「まったく・・・まあ良い。まず精霊に好かれやすい体質の者には共通点がある。まず歌が上手い」
「へ?」
突然、変な事を言うレドベージュに目を丸くするラナナ。
「まあ不思議に思うであろうな。精霊というものはな、歌が好きなのだ。あと踊りもな。なので歌が上手かったり舞が上手い人間に対して好感度が高い。実際の所、歌を使って精霊と心を通わせる精霊使いもいる」
「そうだったのですね・・・」
信じられないような顔をしながら納得をするラナナ。その顔を横目に見ると話を続けるレドベージュ。

「うむ、まあそれだけではない。一番重要なところとしては、その者が持つ魔力のあり方だ。人それぞれ、内に秘めている魔力というものはあるのだが、それは性格に大きく左右される。内に秘めている魔力とは体内にため込んだ魔素が体内の転素と結合し形成されている。そして先の話の通り、それらは思いを乗せる事がある。つまり内に秘めている魔力には人となりを現しているといっても過言ではない。そして精霊はその内なる魔力の思いを見て判断をしているのだ。とはいったものの、精霊使いは思いを魔力に強く乗せやすい体質というわけではない。では何かというと、精霊に分かりやすい思いの乗せ方が出来るかどうかだ」

ここまで話すと、珍しくラナナが難しい顔を見せる。どうやらさすがの彼女も理解が追い付いていないようだ。
「どういうことです?」
疑問を投げかけるラナナ。その姿は真剣に学業に取り組む学生が教師に質問をしているようである。

「先ほどにも言った通り、強い思いは中々魔法に乗らない。また、基本的に分からない程度にしか乗らないとも言ったな?つまりこれは思いの乗り具合の強弱はバラバラという事だ。その中で精霊にとって思いを読み取りやすい強さというものがあってな。それは弱すぎることも無く、強すぎる事もない微妙なラインなのだ。そして精霊は安定して思いを読み取りやすい魔力を持つ者を好む」
そこまで説明をすると、目を大きく開け、何かが分かったかのような表情を見せるラナナ。

「そうか、分かりやすい思いを乗せやすい体質の人というのは、強く思いを乗せやすい体質の人で、それと同じように精霊使いは精霊が読み取りやすい絶妙な強さの思いを安定して乗せやすい人なのですね!?」
彼女の答えに頷くレドベージュ。
「うむ、その通りだ。更に言えば、どの精霊使いも同じ強さの思いを乗せていると言えばそういうわけでもないのだ。やはり個人によりばらつきがある。そして精霊ごとに読み取れる思いの強さは違う。なのである精霊にとっては読み取れる思いでも、他の精霊では読み取れない思いの強さというものがある。よって同じ精霊使いといっても仲間になってくれる精霊となってくれない精霊が分かれてくる」
「つまりある精霊使いの心は分かるので仲間になってくれるけれども、他の精霊使いの心は分からないので仲間になってくれないという事が起こるという事ですね?」
「うむ、その通りだ。そこが精霊使いによって同じ精霊でも使役が出来る出来ないの分かれ目になってくる」
「そうだったのですね」
腕を組んで納得の素振りを見せるラナナ。しかしその直後、湖張に視線を移し慌てる素振りを見せる。

「あ、いけません。なんか途中から話がずれてしまいました。幻獣についてですよ!」
その様子に苦笑いの湖張。
「いや、良いんだよ。私の知識にもなるんだし」
「そうだな、まあ良かろう。では戻すとするか。精霊についてはそのくらいなのだが、幻獣も基本的には原理は似ている。ただ決定的に違う部分がある。それは火や水といった媒体になるものが無いのだ。とは言ったものの良く分からないと思うので幻獣が出来る流れを伝えよう」

「幻獣が出来る流れ?」
「うむ。例えばこのユカリだが、元々はこの地に伝わるおとぎ話が始まりとなる。カテ草を乱獲すると体長は3m程で全身が灰色の毛で覆われたユカリという大きな耳と黒くて縦長の鼻をもった魔物にお仕置きをされるというものだ。
さて、そんな中で先ほどの話で出た思いを強く乗せやすく、更には無意識で多くの魔力を放つ体質の者がユカリの話を聞いたらどうなると考える?」

その問いかけに少し考えた後に答える湖張。
「ひょっとして、ユカリの事を思った魔力を放つ?」
「正解だ。しかも話だけではなく、イメージされた絵も見ながらだと余計に強く鮮明に思いを乗せるであろうな。だがこの段階ではそれだけだ。精霊と違って媒体になるものがない。生き物として成り立つには力の塊としては弱すぎるのだ。
だがな言い伝えの特徴により力の塊は強くなる。というのも、言い伝えというものは多くの人の耳に入るであろう?するとどうだ、強弱はあるにせよユカリというイメージを乗せた魔力が大量に生まれることになる。どんな人でも無意識のうちに魔力を放っているからな。もちろん微弱な思いを乗せてだ。そして言い伝えでは容姿や特徴が指定されているからある程度共通したイメージがあり、それが似たような思いを乗せた魔力になる。すると思いを強く乗せた魔力に似たような魔力同士が結合し始め、強い塊となる。その中で偶然、転素と結びつくことがあるとイメージの通りに体を形成し始め、そして一つの生命体として成り立つ」
「それが幻獣?」
「うむ、その通りだ。多くの人の思いが結合し誕生するのが幻獣だ。よく池の主として巨大魚がいるという話を聞かぬか?あれなども幻獣だな。ある者が見間違いか何かで巨大な魚を見たと人々に話したとしよう。するとより多くの人が話を信じ、微弱な思いを乗せた魔力を漂わせる。その中で偶然にも無意識のうちに大量に強く思いを乗せた魔法を放つ者がいると、切っ掛けとなる強めの魔力が生まれる。それに多くの漂っている大なり小なり思いを乗せた魔力が結合し、本当の主を形成する。これが実態だ」
「あーそういう原理があったんだ」

「なんとなく分かったか?」
「うん、良く分かった気がするよ。ありがとう。つまりそのユカリだっけ?はこの地のおとぎ話から生まれた子なんだね」
ユカリを見つめながら湖張がそう言うと、首を傾げて苦笑いを見せるラナナ。

「子とは言っても、実はとても大きいのですけれどもね」
「へ?」
不思議そうな表情の湖張を見ると、ラナナは左腕にしがみ付くユカリに向けて語り掛ける。
「本当の姿を見せてもらえる?」
「ギュー」

そう言うなり左腕から飛び降りて床に着地するユカリ。
そして数歩離れた後、ボフンという音と共に白い煙で周囲を隠す。
「え!?何!?」
突然の事で驚きを見せる湖張。そうこうしている間に煙が消えていくと、目の前には通常サイズのユカリが湖張の寝ているベッドの横に鎮座していた。その巨体さから急に部屋が狭くなったように思える。

「でか!」
さらなる驚きの表情を見せる湖張。
「はい、大きいのですよ、実は」
「というか何でこの子がここにいるの!?幻獣なんだよね?」
「それが謎なのですよね。なんとなくですが私の事が気に入ったようで・・・」

不思議そうな顔で答えるラナナを見た後にジッとユカリを見つめる湖張。そして話しかける。
「そうなの?」
「ギュー!」
湖張の問いかけに答えるように元気よく声を放つユカリ。心なしか嬉しそうに「その通りだ」と答えているように感じ取れる。

「・・・うん、なんかそんな感じだね」
「湖張姉さまもそう思います?」
「なんとなくだけれどもね」
そう会話をしていると、再び白い煙を放ちぬいぐるみサイズに戻るユカリ。そして飛び上がり、いそいそとラナナの左腕にしがみ付く。

「まあそんなわけでユカリも我らの旅に連れて行くことになった。それなりに戦闘もこなせるようで頼りにもなりそうだ」
「そっか・・・。まあ問題ないんだよね?だったら良いんじゃないかな?」
レドベージュの言葉をすんなりと受け入れる湖張。そしてユカリに向かって一言かける。

「じゃあこれからよろしくね」
「ギュー!」
機嫌が良さそうな顔で答えるユカリ。どうやら言葉は通じるようだと感じ取れる。
その様子を伺うなり、新たにカテ草の薬をもう一人分用意するレドベージュ。そしてラナナの前に差し出す。

「ラナナも飲んでおくと良い」
「私もですか?」
不思議そうなラナナに頷くレドベージュ。

「うむ、今は症状が出ていないだけで患っている可能性がある。飲むことにより発症の予防にも繋がるからな」
「ああ、そういう事ですか」
そう言われると薬の入ったコップを受け取るラナナ。そして口にする。

「本当だ、苦い・・・ですね」
「でしょ?」
「これを全部、飲まないと駄目ですか?」
「駄目だ」
嫌そうな顔のラナナに譲らない姿勢のレドベージュ。それに観念したのか少しずつだが飲み続けるラナナ。

「やっと終わりました」
飲み終えたラナナはコップを机に置くと、ついつい深く息を吐く。レドベージュはコップに飲み残しが無いかチェックをした後に声をかける。

「ではラナナは別の部屋を取っているから、そちらに移動するのだ。薬を飲んでいるとはいえ、同じ部屋にいるとうつる可能性があるからな。今日はもう自由にすると良い」
「分かりました。部屋に戻って読書でもしています。大分元気を取り戻した様子ですが、まだゆっくり寝ていた方がいいですものね。お邪魔してはいけません」
そう言うなり部屋を後にしようとするラナナ。
「私は隣の部屋にいますので、何かあったら声をかけてくださいね」
「うん、ありがとう」

扉が閉まり、ラナナとユカリが出ていった事を確認すると、レドベージュは湖張のそば寄る。
「何か食べるか?」
「ううん、大丈夫」
「飲み物は?」
「平気だよ」
「そうか、では再び横になるのだ。またぶり返すといけないからな」
「分かった」

そうやり取りするなり湖張が横になると、布団を肩までかけるレドベージュ。
「寒くないか?」
「うん」
「そうか。何かしてほしい事があったら遠慮なく言うのだぞ?我は病にかからぬからそばにいるからな」
そう伝え終えると、湖張がジッと自分の事を見つめている事に気が付くレドベージュ。

「む?どうかしたか?」
「あ、いや・・・私にお父さんがいたら、こんな感じだったのかなって」

「・・・父、か?」
予想外の事を言われ少し固まってしまったレドベージュ。その様子に慌てて返す湖張。
「ああごめん、変な事を言っちゃったね。気にしないで」
「・・・そうか。まあそうであろうな。きっとそうであろう。さあ、今は休むのだ。元気になったらまた旅を続けるぞ」
「分かった。おやすみなさい」

そうやり取りすると、ベッドの傍らで足を前に出して座るレドベージュ。
「立ちっぱなしでそばにいられると落ち着かないであろう。我はここで座っているからな」
そう告げるなり、心を落ち着かせ眠りやすくなる魔法で周囲を包み込むレドベージュ。
ほのかに赤みがかったその魔法はすぐさま色が薄くなり、キラキラと光る桃色に変化した後にすっと消えていった。

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