ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第九十四話【夜更けの診療所前】
- 2021.06.24
- ピースキーパー赤き聖者
- PeaceKeeper赤き聖者, 小説
治療待ちの列をさばき切り、静かになった診療所。
時間も遅い事もあり、周囲は静かになっていた。
とはいったものの、再び魔物の襲来がある可能性もゼロではないので
警戒し見回りをしている町人の姿を確認する事が出来る。
そんな中で診療所の前にある長椅子に腰を掛けて夜空を見上げている湖張。
本来ならばベッドで横になっている時間なのだが、寝付けず夜風に吹かれていた。
「どうしたのですか?」
診療所の扉がゆっくりと開き、湖張の姿を確認したラナナが隣に座り尋ねてくる。
「あれ?寝ないの?」
「それは湖張姉さまもですよ。疲れていないのです?」
「いや、正直疲れは感じているよ?・・・でも何か寝付けなくてさ」
そう答えると軽く頷くラナナ。
「そうですよね、何だか分かります。私もそうですから」
「そっか」
「はい」
「すごい荒れようだよね」
灯がうっすらと映し出す崩れた町の様子を見つめながら寂しそうに呟く湖張。
ラナナも同じ方向を見て答える。
「はい、酷いものです」
「夕方くらいまではさ、何かとバタバタしていたから考える暇もなったけれども、
落ち着いてきたら、なんだかこの光景が少し怖くなってきてさ。
本当に何でかな?・・・変だよね、こんな事でショックを受けるなんて」
物悲しそうに語る湖張。首を横に振るラナナ。
「いえ、変ではありませんよ。
実際の所、心理学の観点からしてもごく自然な心の流れです。
怪我といった身体的な被害は無くても、
災害や戦争、今回のような魔物の襲来による町の破壊・・・目の前の風景の喪失によって
重度の喪失感や抑うつ状態に陥る事は非常に多いとされています。
また、人は無意識に町は安全と思い込んで生きています。
それが崩壊した光景を目の当たりにすると、心の中の安全神話が崩壊して
心理的ショックを受けてしまいます」
そこで心配そうに湖張を見つめるラナナ。
「大丈夫ですか?カウンセリングを受けに行きます?」
首を横に振る湖張。気丈な笑顔を見せる。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだと思う。
それにしてもラナナは本当に色々な事を知っていて凄いね」
「いえ、そんな事はありませんよ。
難しい事を言いはしましたが実際の所、私も同じような気持ちです。
自分の物悲しい気持ちに理由付けをしただけですよ」
「そっか」
そこで深く息を吐く湖張。
「それにしても町の人がみんな生きていて本当に良かったよ。
最悪の事態になっていたら、こんな落ち込み方じゃ済まなかったかも」
「まったくですよ。正直なところ駄目かと思う人もいましたが何とかなりました。
流石ゴルベージュ様といったところですよね」
肩の力が抜け、夜空を仰ぎながらラナナがそう言うと、湖張が確認を取るように問いかける。
「ゴルベージュ様の治療、魔法だけじゃなかったよね?」
「はい。やっぱり分かりました?
そもそも治癒の魔法は傷を塞いだり打撲を癒すことは出来ますが、逆に言えばそれだけです。
即死は当然ですが、出血多量や内臓破裂、身体損失等には対応できません。
病気も含めそのようなものに対応するために医学が存在するのですが
ゴルベージュ様は魔法と外科のようなものを組み合わせた、文字通りの神業で治療されていました。
凄い物を見ましたよ」
「流石に真似は出来ないな」
「ええ、私も流石に医学の知識はありませんが、おそらくは人が持つ知識より何段階も上のものだと思います」
「やっぱりそうなんだ」
「・・・思い返すと、結構しんどいシーンを見ちゃったよね。
救急医療の現場とでもいうのかな?ボロボロの体を見た時、正直なところ目を背けたい気持ちが強かった。ラナナは平気?」
「全くもって大丈夫という訳ではありませんが・・・立ち直れない程ではないです」
「私もそんな感じかな?立ち直れなくはないけれども、ちょっとショックは受けた感じかな。
不思議だよね。さんざん魔物は倒してきたのに、傷ついた人に対してはこんなに怖くなるなんて」
「いえ、それも不思議ではありませんよ。私たちは人間じゃないですか。
同族が傷つくと脳が勝手に共感をしてしまい、自分も痛みを感じるような錯覚に陥ります。
更に道徳の面からも辛さや悲しさが強くなります。つまりは心に相当なストレスを与えます。
一方で魔物は人とは違うので共感が少ないです。確かにグロテスクな光景だとキツイ時もありますが
それでも人が傷つくのとは違った見方にはなりますよ」
「そっか。じゃあこの気持ちもおかしいわけじゃないんだね」
「はい」
そうやり取りをすると、しばらく沈黙が続く。
「そういえば、もう団扇については平気なのですか?」
静かな空気の中、何気なく質問をしてくるラナナ。覇王の団扇に対して敬遠がちだったところを気にしているようだ。
どうやら心配してくれているらしい。
「うん、もう大丈夫だよ。
レドベージュのお陰で使い方が分かった気がする。
気持ちの面でもそう。最初はおっかない武器だと思ったけど、そうも言っていられないという事を今日も感じたしね。
何だかんだ言っても、結局のところ手にした時から使う覚悟が必要だったのかなってぼんやりとだけど思うようになってきたよ」
その言葉を聞くと、湖張の事をジッと見つめるラナナ。
「無理をしていませんか?」
「え?」
「湖張姉さまは力が好きではないのですよね?」
そう言われると、空を見上げながら少し考える湖張。
「うーん、どうなんだろう?少し違うかな?
そもそも私は格闘技を小さい頃から学んでいた身だよ。
正直なところ楽しいと感じる事もあったくらいだし、力が嫌いというわけではないんだ。
むしろ高みを目指した時だってある。
実際に兄弟子と手合わせした時だって腕試しをしたい気持ちだったしね。
・・・あーでもそうか、それが原因かも」
自分で話をしながら、何かに気づいたような素振りを見せる湖張。
それを不思議そうな目で見るラナナ。
「どうしたのですか?」
「あ、いやね・・・何となく強い力が嫌いだった理由が分かった気がしてさ」
「そうなんですか?」
「うん、ひょっとしたら兄弟子を倒してしまった事を気にしていたのかも
あの時、もうちょっと上手くやっていれば出て行かなかったのかなって・・・」
そう伝えた後に小さくため息をつく湖張。その様子をジッと見つめるラナナ。そして言葉を掛ける。
「ひょっとして、兄弟子さんのことが好きだったのですか?」
「それはない」
冷めた目と口調で速攻否定をする湖張。
それは照れ隠しや嘘を隠すための素振りでは無く、純粋に違うのだと直感で分かる雰囲気であった。
思わず苦笑いのラナナ。
「そ・・・そうなのですか?」
「そりゃそうだよ。だってあの人、何か色々と雑なんだもん。
確かに武術に対する姿勢は中々のもので尊敬する部分はあったよ?
でもそれ以外が駄目。生活能力が低すぎ。片付けも出来ない。掃除も雑。
料理をさせても食材を無駄にする儀式に早変わり。
だらしなさすぎ。私はあんな人ムリ!」
「よっぽどだったのですね・・・」
「そうだよ、あれは酷かった。
・・・あー思い出した。そうだよ、兄弟子と手合わせした時だって
塵も積もっただらしなさに腹が立って、より強力な一撃を繰り出したんだった」
「え?」
額を右手で押さえ悩む仕草を見せる湖張。
「そっか、そうだった。
その後、急に出ていったから罪悪感に駆られて忘れていた。
そもそも倒した時は清々していたんだった。
ただ出ていった事に対しておじいちゃんが悲しんだからやり過ぎは悪い事だと思い込むようになったんだ」
「は・・・ははは」
ただただ苦笑いのラナナ。
それに苦笑い交じりのため息をついた後に話しかける湖張。
「とはいったものの、行き過ぎた力は良くないと思う事は本心でもあるんだ。
それに怖いものという事も知っている。
実際のところ、覇王爆炎弾だってその理由で仕上げていなかったからね」
そう言うと一呼吸の間を置く湖張。そして言葉を続ける。
「ラナナはさ、力が怖いと思った事ある?」
「怖い・・・ですか?」
「うん」
そう聞かれると、今度はラナナが空を見上げて考える素振りを見せる。
「もちろんありますよ。
魔法の研究とは暴発との隣り合わせの部分があります。
特に強力な魔法の場合は強力な暴発がいつ起こるか分かりません。
実際のところ、それで大怪我をした先輩方を何人か見ました。
でも怖さを知っているからこそ、正しく使えるとも思っています。
人ってそうじゃないですか?危ないと知っている物は細心の注意を払って丁寧に扱い、万が一が無いようにします。
それと同じで力の怖さを知っていると、万が一を恐れて丁寧に力を扱います。
だから力の怖さを知る事は力を正しく扱う為に必要な知識だと思いますね」
「必要な知識か。確かにそうだね」
そう言うと立ち上がりラナナの方に体を向ける湖張。
「うん、その考え方気に入った!ありがとう」
笑顔で伝える湖張。それに合わせるように優しい笑顔を見せるラナナ。
「じゃあそろそろ寝ようか?疲れたよね」
湖張が提案すると、頷くラナナ。しかしジッと見つめた後に質問をする。
「分かりました。でも最後に一つ質問をして良いですか?」
「何?」
「湖張姉さまってどんな人が好みのタイプなのです?」
唐突な質問に虚を突かれたのか目を丸くする湖張。
「えー・・・考えた事ないな」
「まあそう言わず」
期待の目をジッと向けるラナナに押され気味の湖張。そして目を逸らしながらだが、渋々答える事にする。
「・・・しいて言えば可愛い感じの人かな?」
「え!?可愛い感じの人が良いんですか!?」
「ちょっと、大きい声で反復しないでよ!」
「何か意外でした」
ニヤニヤしながら返すラナナに呆れ顔の湖張。
「もう、しいて言えばだからね。さあ、もう寝るよ」
そう言うなり診療所の中に戻る湖張。
その後をラナナは上機嫌な雰囲気でついていくのであった。
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