ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百三十五話【アッシャー家の食事会】
- 2024.01.15
- ピースキーパー赤き聖者
- PeaceKeeper赤き聖者, 小説
豪勢に並ぶ食事。肉類やスープ、サラダに卵料理、はたまた甘味まで、ありとあらゆるものが10人掛けの大きな長方形のテーブルに並んでいる。
片側にはタウンを中心に左右にゼンと笑顔のチウルが、
向かい合うように湖張とラナナにが座っており、レドベージュは木箱を用意してもらい、その上に立って、テーブルから顔が出るようにしてもらっている。
「なんていうか、本当にそんな木箱で良かったんですか?」
少し不安そうな顔でレドベージュに問いかけるタウン。グリーンドラゴンとのやり取りによりレドベージュが天将であることを確信はしていた。
だが山頂にいた時は部下が見ている可能性もあり、全体の士気に係わる事も懸念されたのでへりくだる事は無かったのだが、プライベートな空間になると少しずつ畏怖の念が大きくなってきていた。その心は言葉や態度に現れ始めている。
しかし彼の気持ちなど関係ないかのように特に気にすることはなく、変わらない様子で接するレドベージュ。
「うむ、問題ないぞ。それより我は何も食さぬ。食器類は不要だぞ?」
「え?じゃあ何を食べているのですか?」
不思議そうな顔で問いかけるチウル。気の抜ける質問に頭を抱えるタウン。一方ゼンは興味がありそうな内容なので、あえて何も言わずに聞けるものなら聞いてみたいという姿勢である。
「ふむ、まあ良いであろう。空気中に含まれている微量な魔力の素を吸収している」
「すごいな・・・」
チウルに対しての回答であったが思わずつぶやいてしまうゼン。
その様子を見たタウンはため息を一つ。
「はぁ、このままだと関係無い話が続きそうだから一旦ストップだ。食事を目の前にしてお預けも良くないだろう」
そう言うと、水の入ったグラスを手に持ち湖張とラナナに話しかける。
「今日はすまなかったな。とりあえず食べてくれ。口に合うかは分からないけどな」
「・・・いただきます」
一呼吸置いた後に、そう呟く湖張。そして早速スープを口にする。
「あ、美味しい」
何かの野菜をすり潰したようなクリームスープは、体の中から温めてくれる。ホッとする味付けは、一日の疲れを吸収してくれるような優しい味付けであった。
「これは食事会に来て正解だったかも」
ラナナに話しかける湖張。少し不服そうな顔を見せるものの、ゼンを一度見てからパンを口に運ぶラナナ。ふんわりとしたパンから優しい甘みが口に溶け出す。
「・・・まあそうですね」
二人の機嫌が少し良くなった様子を確認すると、食事作戦は成功だと感じ取るタウン。思わず小さくにやける。しかし彼の表情の変化を敏感に感じ取ったチウルの冷たい横目に気づくなり、すぐさま真面目な表情を取り戻す。
そしてチウルの視線には気づいていないフリをして、早速本題に入り始める。
「食事を始めたばかりで悪いが、話を聞かせて欲しい。ああ、もちろん食べながらでいい。そうだな、まずは・・・」
「生け捕った魔物について教えてください」
タウンの会話に割り込むように問いかけるラナナ。変異した魔物についての回答を求める。直後は無表情を見せるが、すぐさま苦笑いに切り替えて答えるタウン。
「こりゃ参ったな。まあ確かにこちらから話すのが筋かもしれないな・・・。悪いチウル。ここからは機密事項だ。お前はこの会話を聞いてはいなかった。良いな?」
特に席を外す事を促さないタウン。時折見せる切れ者の表情の前に、おしとやかな雰囲気で首を縦に振るチウル。先ほどまでの関係が嘘のようであった。
「捕獲した魔物はグレルフだ。いや、グレルフのような別物なのかもしれない」
「グレルフ?あの火を吐く狼?」
湖張が聞き返すと頷くタウン。
「ああ、そうだ。だが体長が3メートルもある。グレルフにしては大きすぎる。毛の色も黒味が強い。それに吐く火も尋常じゃない。あれはむしろ火柱だ」
「通常より大きく、そして強力になっていたという事か?」
レドベージュの問いかけに頷くタウン。
「ええ、突然変異・・・と学者連中は言っていますがね、本当にそうなのかと」
「何か納得が出来ないのか?」
「そりゃそうですよ。グレルフだけではなく多くの変異した魔物が目撃されていますからね。そして見たことが無い異形な魔物も。」
「・・・ふむ」
タウンとのやり取りに少し考え込むレドベージュ。その間にラナナが会話に加わる。
「他にも色々、通常では考えられない魔物の情報がありそうなのですが、そちらに移る前に教えてください。捕獲したグレルフの情報をもっと知りたいです」
その言葉に腕を組んで答えるタウン。
「それがな、捕獲して二日後に死んでしまった」
「え?」
「朝になって急にだ。だから詳しい事は分からず仕舞い」
「何か要因があったのでしょうか?捕獲時に傷ついたとか?」
「いや、激しい外傷は無かった。それに前日までは水も食事も取っていたんだ」
「水も食事も?」
「ああ、グレルフが好む物をたくさん食べていたぜ」
「・・・それって」
「そう、見た目は厳ついがグレルフではある可能性が高いという事だ」
「発見したときの様子はどうでしたか?周りにグレルフはいましたか?」
「ああ、もちろん。グレルフの群の中にいた。そもそもグレルフの群が近隣の村の近くでたむろしているという報告があり対処に向かった際に遭遇した個体なんだ」
その情報を聞くなり考え込むラナナ。
「・・・グレルフは他の種を群に迎え入れる事はありません。やはりその魔物はグレルフなのでしょう」
「学者連中もそう言っていたな」
その答えを聞いてからしばらく考え込むラナナ。そして問いかける。
「・・・その後、亡骸はどうされましたか?」
「焼却処分にした」
「え!?」
想定外の答えだったので驚きを見せるラナナ。てっきりその後も分析をしていたと考えていたからである。その様子に小さく息を吐いてから答えるタウン。
「まあ普通ならその後もサンプルとして保管しておき調べるべきなのだろう。だが魔物が息を引き取ったと報告をするなり、王子はすぐさま焼却処分の命を下したんだ」
「何故ですか!?」
身を乗り出して問いかけるラナナに腕を組んで答えるタウン。
「謎の変化を遂げたと思われる魔物が理由も分からず突然、死んだんだ。ひょっとしたら何かの病気だったのかもしれないだろう?そしてその病気は魔物の死骸から周囲に感染する可能性も完全には否定できない。病気が姿の変化に直結するものだとしたら・・・考えるのも恐ろしいな」
「・・・ふむ、そうなると確かに厄介ではあるな。ましてやこのフィルサディアは人口が多い。妙な病気が蔓延すると、被害は甚大ではあるな」
話を聞いていたレドベージュがそう意見すると、頷くラナナ。落ち着きを取り戻し、ゆっくりと椅子に座りながら言葉を発する。
「確かにそう考えると焼却処分は賢明な判断ですね」
「だろ?王子は賢君となる資質をお持ちだ。いつも判断がお早い」
「・・・ふむ」
タウンの様子を窺って少し考えるレドベージュ。
「どうかしましたか?」
不思議に思ったタウンに問いかけられると、レドベージュは首を横に振る。
「いや、気にしなくて良いぞ。ところで他の話も聞いて良いか?先ほど魔物の動きが妙と申しておったが、それについて教えてくれるか?」
その問いを投げかけられるとジッとレドベージュを見つめるタウン。
「魔物の行動パターンはだいたい決まっています。だが、最近はそのパターンから外れた行動を取るケースが多いですね。今まで生息していなかったエリアに姿を現す事も少なくはない。そして見たことが無い魔物の出現もあります。それに関しては自分らが聞きたいのですよ。あなた方が西の町で倒した魔物の事です」
「・・・あー」
そう返されると遠い目で声を出す湖張。その姿を横目で見た後にタウンは話を続ける。
「町民の話を聞く限り、今までに遭遇したことが無いタイプの魔物でしたよ。証言を基に絵も描いてみたのですが、国の学者連中に問い合わせても誰も見たことも聞いたことも無い異形の魔物でしてね」
「まあ、そうであろうな」
「・・・何かご存じで?」
レドベージュを探るように問いかけるタウン。しかし首を横に振る素振りを見せられる。
「いや、何もわからぬ。我もあの魔物は見たことが無い」
「レドベージュ様でも分からない魔物・・・という事ですか」
「我だけではない、ゴルベージュも見たことが無いと言っていた」
サラリと出た答えに、ざわつくゼンとチウル。タウンも目を少し大きく身開く。その様子を不思議に思うレドベージュ。
「む?どうかしたか?」
「・・・ゴルベージュ、と申されたか?」
その言葉と様子から理解をするレドベージュ。
「ああ、そうか金色の鎧がいたとは聞いておるであろう?それはゴルベージュだ」
「・・・驚いた。ゴルベージュ様も実在されたのですね」
ゼンはそう呟いた後にラナナに視線を移す。苦笑いを見せるラナナ。
「はい、ちょっとの間ですが共に行動をしておりました」
「まあそうだよね、レドベージュ様の神話が本物ならば、ゴルベージュ様も実在するよね」
そう納得をするなりレドベージュに話しかけるゼン。
「僕たちが捕獲をした魔物はグレルフに近い部分がいくつか見受けられました。
倒した異形の魔物は他の魔物と類似した点は有りましたか?」
「いや、それがあれに近い魔物は見たことが無い。異質な存在であった」
「・・・そうでしたか」
そうゼンが言葉を返すと、今度はタウンが問いかける。
「町民は、朝になったら異形の魔物の死骸は無くなっていたと言っていました。それに関して何かご存じですか?」
「ああ、それは騒ぎが周辺の町や村まで大きくなる前に、夜中のうちに我とゴルベージュの手によって町の近くの平地に埋めたのだ」
「そうでしたか、まあそれも致し方ありませんね」
タウンがそう理解を示すと、レドベージュは一つ頷く。
「うむ、理解してもらえると助かる。ただ、あの魔物の行動は国の脅威になるであろう。天では引き続き調査をしている。何か分かったらお主に伝える事を約束しよう」
「よろしいのです?」
「うむ、それで守られる命があると思えるからな」
「信用していただけたようですね」
レドベージュに認められたようなので、小さく笑みを見せるタウン。そのままラナナに視線を移すと、彼女は手に持っていたパンを皿に置き、不貞腐れた顔で答える。
「何が言いたいのです?」
「いや、別に。ところで他に何か異形な魔物について情報は無いか?」
今度はレドベージュでは無くラナナに問いかけるタウン。
すると少し考えた後に湖張に問いかけるラナナ。
「何を話すべきでしょう?思い返すと色々な魔物と戦ってはいますよね?」
上を見上げる湖張。
「あーそうだよね。確かに西の町で倒した魔物は特に異質だったけれども、普通じゃない魔物も結構いたよね」
その言葉を聞くと真面目な視線で湖張に問いかけるタウン。
「何でも構わない。面倒だとは思うが、片っ端から教えて欲しい」
少し考え込む湖張。そして答える。
「それだったらアールかな。正直情報が欲しいし」
「アール?」
「そう、アール。厳密にはアールスリーとかアールワンとか名前があるようなのだけれども。それらは改造されたり作られた魔物で、とても強かった」
「作られた・・・だと?」
「リザオーレという人を知っている?」
「リザオーレ?」
名前を復唱してからゼンの方に視線を向け知っているかの確認を取るタウン。ゼンは静かに首を横に振る。
それが答えと理解するなり、湖張は説明に入る。
「どうやらそのリザオーレという人は強力な魔物を作る技術を持っているようで、私たちも実態がつかめたらなと思ってはいるのですよ」
「どんな魔物を作っているんだ?」
「えっと・・・多分アールワンと呼ばれる魔物は、全長が3mほどの大型の獅子で水牛のような黒い角があったの」
「聞いたことのない姿だな」
「やっぱり?しかも角だけれども飛ばして攻撃もしてきたんだよね」
「なんだそりゃ?」
顔をしかめるタウンに苦笑いの湖張。
「あはは、まあそういう反応になるよね。でもこれは本当の事。しかも驚く事に、すぐさま抜けた角は新たに生えてくるというおまけ付き」
「ちょっと待って、生えてくるってどういう事だい?」
湖張の情報に対して目いっぱい疑問の表情を見せながら問いかけてくるゼン。
「いや、そのままですよ。ゆっくりでしたけど、徐々に抜けた角がにょきにょきって」
両手の人差し指を使って頭に角が生える素振りを見せながら説明をする湖張。
「そんな事がありうるのか?」
考え込むゼン。その様子を確認するなり話を続ける湖張。
「更に驚くことに、治癒能力も高かったです。例えば深手の傷を負わせたとするじゃないですか?でも傷口はみるみる塞がっていったのですよね」
「本当かい?」
ゼンの問いかけに頷く湖張。
「ええ、本当ですよ。でもそれにはカラクリがあって、体の中に治癒魔法の発動具を仕込んでいるようで、傷つくと回復魔法が発動し傷を癒す仕組みになっているらしいです」
「そんな事が出来るのか?」
話を聞いていたタウンがゼンに問いかける。すると少し考えた後に答えるゼン。
「そうだね、出来そうではあるけれども・・・でも実際やるとなると問題は山積みのはず。例えば魔法で傷を癒す場合は患部に対して魔法を当てないと効果がかなり薄い。自動で魔法を発動させられたとしても、それが出来ないと意味をなさない。そもそも傷ついたら魔法を自動で発動させる原理も、いざやろうとしたらかなり難しいね」
その話を聞くと少し考えるタウン。
「なるほど、発動具自体がそれなりに状況を判断できないと駄目という事か」
「そうなるね」
「・・・魔物の痛覚を利用しているんじゃないかな?・・・ちなみに独り言だけれどもね」
今まで大人しくしていたチウルが横からポツリと考えを伝える。その言葉に目を丸くするゼン。
「そうか、魔物の痛覚を利用すれば患部の特定と傷ついた判定を得られるから魔道具を的確に発動できる!凄いじゃないかチウル!」
「私は何も聞いていないから独り言だよ」
そう言いながらしたり顔でタウンを見るチウル。ため息のタウン。
「はいはい、偉い偉い。・・・他言さえしなければ別に会話に入っても良いぞ」
「ふむ」
感心したような素振りを見せるレドベージュ。
(そう言えばレドベージュもそんな事を言っていたな。少し話を聞いただけでレドベージュと同じ答えを出せるのだから、チウルさんって本当に凄い人なのかもしれない)
レドベージュの反応を見るなり納得する湖張。
「・・・あ」
そのタイミングで今度はラナナが声を出す。注目する一同。
「今度はそっちが閃いたのか?」
タウンが伺うとラナナは視線を一度合わせた後に、横にいるレドベージュに顔を向ける。
「リザオーレですが、今まで魔法生物を作っていたので、魔法使いを想定していましたが生物学者の線もあるかもしれません」
「ふむ、どういう事だ?」
「チウルさんのお話を聞いて思ったのです。相手は生物学に長けているのではないかって。アールスリーは木の力を使って山の力を吸収していたじゃないですか?あれも木の生態・・・いえ山全体のありとあらゆる生態を知っていないと出来ないはずです」
「ふむ、すると生物学に長けた者、更には魔法にも長けた者に絞り込みが出来るという事だな」
「はい。そうなると思います」
「そのアールスリーとは何か教えてもらえますかね?」
このタイミングで問いかけるタウン。それには湖張が答える。
「ああ、さっき話に出た西の町からさらに西に行った山の中に研究所があって、そこにとても強いウッドゴーレムがいたの。それがアールスリーという作られた魔物」
その言葉を聞くなりジッと湖張を見つめるタウン。
「山の中・・・隠さないで教えて欲しい。一瞬にして山が削り取られた事件が発生したのだが、ひょっとしてそのアールスリーが関わっているのか?」
「・・・」
答えをどうするのか困ったのでレドベージュに視線を移す湖張。すると今度はレドベージュがタウンをジッと見つめる。
「これに関しては本当に他言無用だ。良いか?」
その雰囲気に少し畏怖の念を抱くが、強い眼差しで頷くタウン。
「あれは、天に反する者がやった事で、お主が気にしている魔物とは無関係であると考えられる」
「天に反する者・・・ですか?」
「うむ」
「それは一体?」
「・・・お主は神話に出てくる邪神の事は知っているか?」
その問いを聞くなり難しい顔で額に手を添えるタウン。
「まあ名前くらいは知ってはいますが・・・まさか邪神も実在すると?」
「正確には邪神のモチーフになった存在だな」
「そしてあの山は邪神が消し去ったという事ですか?」
「いや、その従者だ」
「従者?」
「我は天将と呼ばれてはいるが、結局のところ神の従者だ。それと同じように邪神にも我のような従者がいる。その者が山の件をしでかした」
そこまで伝えられると黙り込むタウン。ゼンとチウルは驚きの表情のまま、言葉を失っている。その中でレドベージュが話を続ける。
「お主たちに問いたい。白くて宙を浮くリビングアーマーの目撃例はあるか?」
「いえ、聞いたことがありませんね」
「そうか。では白い仮面を被った道化師の集団はどうだ?」
「残念ながらそれもありません」
「・・・そうか。となると人目に触れるような行動は出ていないという事だな」
「その特徴の者たちが邪神の手下という事ですか?」
「うむ、そう捉えてもらって構わぬ。もし今後、そのような特徴を持つ者を目撃したという情報が入ったら教えて欲しい」
レドベージュの依頼を聞くと「分かりました」と頷くタウン。
(ピロペレについては伝えないんだ)
そう感じはしたものの、敢えて黙る事を選ぶ湖張。何かしらの考えがあっての事ではと思えたからであった。
「更に教えて欲しい事がある。話題は変わるのだが、メーサ教というものは知っているか?」
このタイミングで話を切り替えるレドベージュ。すると腕を組んで答えるタウン
「最近規模が拡大している新興宗教ですね?フィルサディアから少し南西に行った場所に大きな施設を作って、そこを拠点にしていたかと」
「南西に拠点?」
湖張が不思議そうな顔で聞くと頷くタウン。
「ああ、あいつらだけで拠点・・・もはや町だな。そこが活動の拠点になっているはずだ。一応国からの許可も下りているから、それ自体は悪い事は無いな」
「他に何か知っているか?」
更に問いかけるレドベージュ。小さいため息のタウン。
「実はそんなに情報は無いのですよ。ただ気になる点が一つ。教団のくせして騎士団を持っている」
「うむ、確かに騎士団がいるな」
「しかも話によると結構な練度と聞きます。そして各地で魔物を倒しては人々の役に立っているという報告も上がっていますね」
「その報告の中に、皮膚が硬い魔物の件はあったか?」
レドベージュの問いに小さく笑みを見せるタウン。
「良くご存じで。なんだか知らないが謎の皮膚が硬い魔物が出現し始めたと思ったらメーサ教の奴らが簡単に倒し始めた・・・何かご存じで?」
質問に答えつつも探りを入れてくるタウン。するとレドベージュは硬い皮膚のサンプルを机の上に出す。そしてラナナに話しかける。
「すまぬが槍を出してくれぬか?」
「はい」
レドベージュの要請を受け、カバンから槍の先端を出し皮膚の横に置くラナナ。
二つの素材が揃うとレドベージュは話を再開する。
「これは謎の皮膚が硬い魔物から採取した皮膚だ。知っての通りとても硬い。普通に切りかかっても文字通り歯が立たないであろう。だがな・・・」
そう言ってから槍の先端を皮膚に突き刺すレドベージュ。すると何の苦労もなく突き刺さる槍。
「これは?」
探るタウン。
「この槍はメーサ教の騎士が使っている物だ。どうやら教団から支給されているらしい」
「どういうカラクリで簡単に突き刺さるので?」
その質問に首を横に振るレドベージュ。
「それはまだ分からぬ。ただ、この槍に何かしらの細工が施されている事は確かなようだ」
「するとメーサ教はあの魔物の弱点を知っているという事ですか?」
「そうなのであろう。ただ知っている理由は感心出来るものではない可能性がある」
「と、いいますと?」
「メーサ教には信者を集める事に執心な傾向の者が多いようだ。なので人里にこの魔物が現れては容易く倒し、それは神の奇跡と告げる。更には信者になればこれからも守り続けると伝え信者を増やしているようだ」
「信者を増やすために、その魔物を利用していると?」
「うむ。ここからは我の推測なのだが、この魔物の発生にもメーサ教が絡んでいるのではないのかとも考えている」
「・・・なるほど、自分たちで作りだした魔物だから弱点も作り出す事は可能という事ですか。そして信者を増やす事により得られるメリット・・・」
そう呟いて少し考えた後にゼンに視線を移すタウン。
「少し厄介な事になるかもしれない。明日から内密にメーサ教について調べよう」
頷くゼン。
「そうだね、何処に信者が紛れているか分からない。担当は信頼がおける人間だけに絞った方が良いね」
その話を聞くと納得をする湖張。
「そっか、兵士の中にもメーサ教徒が居る可能性があるんだ」
「ああ、その通りだ。信仰の自由はあるからな。・・・まさかそんなヤバい可能性がある連中だったとは想定外だったな」
「ヤバい・・・か」
少し考える湖張。その少し引っかかっている様子をタウンは当然のように見逃さない。
「何でそう引っかかる?」
「いや、実はね・・・確かに私もメーサ教は胡散臭いと思ってはいるのだけれども、その全てがタウンさんの言うヤバいというものに当てはまるとは思えないの。
というのもメーサ教の騎士の中には純粋に人々の為に魔物を倒している人たちもいるようなの。
例えば先日、フィルサディアの北にある山の村にロダックの群が発生したのだけれども、それをメーサ教の騎士達が集まって退治していたの。王国の騎士は責任問題で腰が重く当てにならないと言って」
そう言われると面白くない顔を見せるタウン。
「痛い所をつくな・・・」
「彼らは特に報酬を要求するわけでもなく、純粋に善意で戦っていた。しかも村人の私財にも配慮しながら。なので全員が悪者には思えないんだよね」
湖張の言葉を聞くと少し面白くない顔をするラナナであったが、腕を組みながら一つ頷く。
「確かにあの人は他とは違う感じはしますけどね」
ラナナを横目に話を繋げる湖張。
「別にハルザートだけじゃないよ。例えばロダックの討伐について行こうとした私たちを止めようとした白い鎧のおじさん。大声で叱って止めようとしたじゃない?それは私たちを心配したからこそだと思う」
「ハルザート?」
湖張の会話から注目するべき名前をピックアップするタウン。
「知っているの?」
湖張の質問に軽く頷くタウン。
「名前だけな。腕の立つ騎士と聞く」
「あーまあ確かに強いね、あの人」
「よく知っているのか?」
「そこまで詳しいというワケではないけれども、何度か一緒に魔物と戦ったからね」
その返しを聞くと少しニヤッとするタウン。そして問いかける。
「ちなみに俺とそのハルザート。どっちが強いと思う?」
想定外の質問に少し難しい顔を見せる湖張。
「何ですかそれ。・・・ハルザートの強さは大技で大きな魔物を制するイメージ。一方タウンさんは変幻自在の小技による攻撃。しかも最大の強さは鋭い分析を常に続ける点。ハルザートに関しては知能が高い相手、つまりは対人戦を見たことが無いので小手先の技術を見たことが無いし、一方タウンさんに関しては相手を圧倒する大技を見ていない。簡単に天秤には掛けられないよ」
その回答を聞くと、もう一度ニヤッとするタウン。
「君も観察眼は相当だな。それに良い感じで配慮した回答だ」
首を横に振る湖張。
「別に気を使っているわけではないよ。純粋に分からないだけ。それだけ二人の強さは計り知れないという事だよ」
「計り知れない・・・か」
そう呟くと水を一口飲むタウン。そして湖張たち三人に向けて話しかける。
「実は今朝、ここからそう遠くない北の山付近で皮膚が硬い魔物が出たという報告があった。今日はグリーンドラゴンの山へ向かう手はずを取っていたから行けなかったが、明日は行こうと思う。三人とも来るか?」
「ふむ、そうであったか。だが我らが共に行って大丈夫なのか?部下の兵達が不思議がるであろう?」
レドベージュの問いかけに薄い笑顔で答えるタウン。
「いや、問題ありませんよ。何せ元々は自分とゼンの二人で行く予定でしたから」
「ふむ、そうであったか」
「・・・僕もそれは初耳なのだけれども?」
ゼンの発言を受けて難しい顔でタウンを見る一同。その疑問の視線に腕を組んで答えるタウン。
「そりゃそうだ、今さっき決めたからな。元々やる事のリストに今日の特務が連れていた男たちの捜索があったんだ。それに付け加えメーサ教の事も調べないといけなくなった。
だからと言って皮膚が硬い魔物の事も放ってはおけないだろ?
いくら俺たちがピースといえども、動かせる人員は限られている。
・・・ご存じの通り他の部署の連中は当てにできないしな。そうなると、俺とゼンで対処するのが無難だろう?」
ゼンはその意見を聞くとため息を一つ。
「まあそうなのだろうけれどもさ・・・。今朝、遠征から帰ってきたばかりなのだけれども?」
「はいはい、分かってるよ。でも今は休むタイミングじゃないだろ?だからせめて少しでも負担が減るように皆様方にお願いしているんじゃないか」
そう言ってニヤリと見せるタウン。
「つまり私たちに手伝えと?」
薄い目で問いかけるラナナ。しかしタウンは動じない。
「そちらとしても放ってはおけない案件だろう?それに何かしらの情報も得られるかもしれない。・・・何より俺たちに貸しを作れる良い機会だ。俺たちは王子直属の部隊であるピースだ。ピースに貸しを作るという事は王子に貸しを作るという事。今後の行動に対して役立つとは思わないか?」
そう言うなりそっと目の前に手紙を差し出すタウン。
「これには貴殿らは王子の息がかかった者であるという証明を記している。何かあった時は役立つだろう?レドベージュ様はただでも目立つ存在だ。持っていて損はないだろう?」
「何故そこまでの事をする?」
レドベージュの問いかけに真面目な雰囲気で答えるタウン。
「理由なんて単純ですよ。平和の為の旅なのでしょう?自由に動いてもらった方がこちらも助かりますからね。王子に話したところ、即答でサインをしてくれましたよ」
その言葉を聞くと、そっと手紙を引き寄せるレドベージュ。そしてタウンは話を続ける。
「ただ王子の書簡は安いものではありません。ちょっとばかし、明日も手伝ってもらえませんかね?」
「うむ、良かろう」
回答を聞くなりニヤッと見せるタウン。
「ご協力感謝します。まあ元々は無条件で渡す予定でしたが、先ほどの話を聞くと皆様方にご同行いただいた方が得られる情報が多そうと思えましてね」
「本当に食えない人ですね」
呆れ顔のラナナにフォローするかのように話しかけるゼン。
「まあそう言わないで。これでも彼は彼なりに一生懸命なんだよ。悪人じゃない事は保証するからさ」
「・・・まあそれは理解していますよ」
その言葉が耳に入ると両手を目の前に差し出すタウン。
「ささ、もう難しい話はこのくらいにして食事を楽しもう。時折、魔物の話を聞くかもしれないが、ゆっくりくつろいでくれ」
そう言うなり今まで水しか口にしていなかったタウンは目の前の食べ物を食べ始める。
その動きに合わせるようにチウルは皿に食べ物を盛ってタウンの前に並べる。
「いきなりそんな盛るなよ」
「でも食べるでしょ?」
「・・・まあな」
その自然なやり取りをみて小さく笑う湖張。
隙が無く食えない人間と最初のうちは思えていたが、
話を聞いているうちに、それは国のために頑張っているからこそなのだと
何となくだが感じ取れた。
更にはチウルやゼンとのやり取りには緊張感がなく、
妙な柔らかさを感じ取れたことから、警戒は不要とも思えてくる。
「ここは気を許していい場なのかもしれないね」
そうラナナに告げるなり、湖張は再びスープを口にし始める。
その言葉を聞くなり、タウンは柔らかい表情で湖張に話しかける。
仕事モードではない様子だ。
「そういえば君の名前は湖張で良いんだよな?」
「どうしたの?改まって」
「苗字は水芭蕉?」
「・・・そうだけれども?」
「そして苗字の後に名前がくると」
「ええ、まあ」
そこまで話が進むと、ジッと湖張を見つめ一呼吸の間を取るタウン。
そして再度会話を始める。
「ひょっとしてここからけっこう西の方にある村の出身かい?」
「え?」
言い当てられた事に驚く湖張。その表情を確認すると更に話を続けるタウン。
「どうやらアタリのようだな。・・・そうか水芭蕉か。なるほど。
君が使う技は芭蕉心拳か?」
「知っているの!?」
「詳しくは知らないぞ?ただ西に桜和から移住してきた人々の文化が色濃く残っている村があると聞いたことがあってね。そしてそこには芭蕉心拳という独自に進化を遂げた武術があるともね」
「知っている人、初めて会ったよ・・・。てっきり桜和の出身かと聞かれるのかと思ったらこの展開。さすがに驚くって。」
そう言った後にスープを口にする湖張。笑顔を見せるタウン。
「はっは、こりゃ一本取れたかな?桜和の国の人は言葉になまりがあると聞いたことがあってね。そして君からはなまりが感じられなかった」
その分析を聞くとため息の湖張。
「本当にすごい観察眼だね。・・・疲れないの?」
「どうだろうな?性分だから平気なのかもな?」
「でもたまに目が死んでいる時あるよね?」
このタイミングで得意げなタウンに横やりを入れるチウル。
「・・・そりゃたまには疲れるだろ?」
余計なことを言われつまらなさそうな表情を見せるタウン。しかしチウルは気にしない。
「だからって、私には笑顔を見せる義務があると思いまーす」
「何でだよ!?・・・いや待て、その先は言うな」
「何で?」
「何となくだ・・・」
そのタイミングで軽く咳払いをして仕切り直すタウン。再度湖張に話しかける。
「にしても芭蕉心拳の使い手は湖張嬢みたいに強い者ばかりなのか?」
苦笑いの湖張。
「湖張嬢って・・・湖張で良いよ」
「そうか。で、みんな湖張みたいに強いのか?」
腕を組んで考える素振りの湖張。
「うーん、そう聞かれると困るかな。確かに強い人はいるけれども・・・」
「湖張ほどの腕前はおらぬな」
このタイミングでレドベージュが発言をする。それに困り顔の湖張。
「・・・まあそれに驕らず、日々鍛錬が必要だけれどもね」
湖張の雰囲気から彼女自身の謙虚さを感じ取ると、笑顔でうなずくタウン。
「いい心がけだな。にしてもやっぱりそうか。
逆にそれで良かったぜ。芭蕉心拳の使い手に湖張レベルがゴロゴロしていたら
どうしようかと思ったぞ」
そう言って彼は目の前の食事を口に運ぶ。
そして違う話題を振る。
「そういえば桜和の食事で少し変わった揚げ物があるよな?」
キョトンとする湖張。突然話題の方向性が変わったことに反応が遅れる。
そして少し考えた後に言葉を返す。
「あー天揚げの事?」
「そう、それだそれ!あれ旨いよな!?」
良い笑顔で反応するタウン。それに不思議そうな表情を見せるチウル。
「何それ?」
「ああ、フライっぽいのだけれども少し違うんだよな。
野菜とか魚を揚げた料理なのだけれども、本当に旨いんだぜ!」
「聞いたことない」
「だろうな、ここら辺では提供してくれる店はないもんな」
そう聞くと少し考えた後に話しかけてくるゼン。
「いや、確かこの街に桜和食専門のレストランがあって、そこで出してくれたはずだよ?」
「なにそれ、行きたい!」
そう言った後にタウンをじっと見つめるチウル。
一方タウンは頭を掻き、ため息をついた後にゼンに問いかける。
「おいゼンさんよ。いつ行くんだ?」
ため息を返すゼン。
「何を言っているんだい?デートなんだから僕は不要だろう?」
コクコクとうなずき同意を見せるチウル。
「そーだよ!」
呆れ顔のタウン。
「マテマテ・・・」
そのやり取りを見て苦笑いの湖張。
「まあ仲が良いって事でいいんだよね?」
「そうだよ」
先ほどまでは基本的に会話はタウンが対応していたことが多かったが、
このタイミングでにこやかにゼンが話に加わってくる。
そして湖張の反応を待たずに話しかけてくる。
「ところで君たち二人は仲良くやっているのかい?」
そう言ってラナナに視線を移すゼン。
彼女にも会話に加わってほしいと感じたからか、話題を二人に振り始める。
するとラナナはパンを皿に置いて湖張に視線を移す。
「はい、とても良くしていただいていますよ。年も近いので一緒にいて楽しいです」
「そうか、それは良かった。学生時代は年が離れている人ばかりでやり辛そうだったからね。安心したよ。そう言えば旅の中で面白い発見はあったかい?」
そう問われると上を向いて考えるラナナ。その後は腕を組み、さらに考え込む。
「・・・えっとですね、正直なところ色々ありすぎるのですが、どこまで話して良いのか判断が難しいですね」
そう言ってレドベージュをチラリと見ると「任せるぞ」と一言だけ返ってくる。
それは少しだけなら話しても良いという許可と捉えるなり、一つ首を縦に振るラナナ。
そしてゼンに視線を向ける。
「西にある湖がある観光の町があるじゃないですか?
その近くに魔物の王様がいるじゃないですか?」
「湖の王の事かい?」
「そうです。つい最近、そこに新しく展示物ができたのですが、ご存じです?」
「いや、何だろう?」
そう言ってゼンはタウンに視線を移すが首を横に振る素振りが視界に入る。
「チウルは?」
「わかんない」
そのやり取りを聞くとラナナはニコリと見せた後に話し始める。
「それって魚が入った大きな琥珀なのですよ」
そこで難しい顔を見せるゼン。
「魚が入った琥珀?」
「そうです、やっぱりそういう顔になりますよね?
でも魚の特徴を聞いたらびっくりしますよ。尾びれがとても大きいのですよ」
そこまで聞くと、チウルが身を乗り出し大きな声で聞いてくる。
「それってビッグフィン!?」
突然の事で少し驚く素振りを見せるラナナ。しかしチウルの驚きの表情にニヤリと見せる。
「やっぱりご存じなのですね。そう、ビッグフィンと呼ばれる魚の完全な姿が見られる琥珀なのですよ、それ」
「えー!?」
ゼンに対して話していたはずが、いつの間にかチウルが主体なような雰囲気になる。
しかし内容的にゼンも興味関心があったようで、会話に入ってくる。
「待って、どういうことだい?大体、魚が完全な姿で琥珀に入るって考えにくいのだけれども!?」
「ええ、普通の魚でしたら琥珀に入ることなど考え辛いです。
ですがビッグフィンですが、実は陸上でも過ごすことが出来る生き物だったとしたらどうでしょう?」
そう言った後にレドベージュに視線を向けるラナナ。
それを追うようにゼンとチウルもレドベージュに視線を移す。
すると彼は小さくため息をつく。
「むぅ、結局は我に話がくるのか。まあ良い。そのビッグフィンだが魚のような見た目だが、陸上の生き物だ。発達した尾ひれで跳ねて移動するぞ」
「そうだったのですか!?」
目を丸くして反応するゼン。
「ちなみに2mくらいはジャンプできる」
「そうだったのです!?」
新しい情報にラナナも声を上げる。
「あれ?ラナナ君も知らなかったのかい?」
不思議そうな顔で問いかけるゼンに頷いて答えるラナナ。
「はい、レドベージュは時折、このように驚きの新事実をポツリと伝えてくるのですよ」
「いいなーそういうのが聞けて」
うらやましそうなチウル。そして続けてラナナに問いかける。
「他に何か凄い話ない!?」
「えー・・・」
「なるべくなら話せるギリギリのラインが良い!」
「えー!」
困り顔のラナナだったが、どことなく楽しそうでもある。
「・・・そうですね、ロダックが使う魔法は暗闇でも遠くを見通す視覚を強化する魔法・・・とか?」
「え?そうなの!?」
「とても興味深い内容だね」
驚きの反応を見せるチウルと興味深さが伝わる表情のゼン。
その反応に苦笑いを見せるラナナ。
「ギリギリ感はないですけれどもね」
楽しそうな三人を呆れたような顔で見つめるタウン。そして同じような表情の湖張に話しかける。
「なあ、学があればこの話に夢中になれるのか?」
「どうだろ?私にはわからないや」
そう答えると、小さく笑う二人。
日中、激しくぶつかり合っていたとは思えない穏やかさがそこに出来始めていた。
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