ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第九十一話【団扇の調整】

           

「レドベージュ!」
魔物の半身が地面に落ちた時に発した鈍い音を合図にするかのように、固まっていた体が動き出しレドベージュに駆け寄る湖張。
すると彼はゆっくりと体を彼女に向ける。

「すごいね、最初は傷つけるくらいだったのに本気を出したら真っ二つだもん」
感心するように湖張が伝えると、首を横に振るレドベージュ。
「いや、そんな事はないさ。むしろ最初からこうしろと咎められるかもしれん」
「そんな事は言わないよ。私だって本当はこの団扇で今みたいに切り落とせたはずなのに出来ていないから」

湖張が申し訳なさそうに伝えると、首を横に振るレドベージュ。
「いや、そう思い詰めるでない。
湖張は強い感受性の持ち主なのであろう。団扇に眠る力を敏感に感じ取ってしまい、それが恐怖となっているのかもしれん」
「そうなのかな?」
「そうだと思うぞ?」

そう返されると少し考える湖張。その表情は少し硬い。
「確かにさ、この団扇の持つ力は少し怖いんだけどさ、実はそれだけじゃないんだよね。
何て言うのかな?思い切り力を出したら、体の中心にある何かが破裂しそうな気がするんだよね」
ポツリと今まで感じてはいたが、あえて言わなかった事を告げる湖張。するとレドベージュは瞳を小さくし驚いた様な表情を見せる。

「それが湖張の感じている怖さの実体か?」
首を横に振る湖張。
「いや、何言っているんだろう。気にしないで。意味が分からないよね」
今度はレドベージュが首を横に振る。
「いや、そんなことは無い。重要な事だ。具体的にはどの辺が破裂しそうなのだ?」
「ちょっと、真に受けないでよ!何となくそんな気がするというだけの寝言みたいなものなんだから!!」
「そうか?」
「そう!」
「ふむ・・・」

ジッと湖張を見つめつつ考える素振りを見せるレドベージュ。
その視線が妙に気まずさを感じさせてくると、溜まり兼ねて白状する。

「まあ良いか。実はね、破裂しそうと感じたのは一番最初に思い切り団扇を振った時だよ。
始めてレドベージュと出会った時に戦った作られた魔物の事、覚えている?
あの時に魔物を真っ二つにしたら胸騒ぎがして破裂しそうって感じたんだよね。
あと、石造りの魔法生物を倒した時もそう。二回とも覇王の団扇を思い切り振った時だった」

「胸騒ぎ?嫌な予感がするのか?それとも鼓動が速くなるという事か?」
落ち着いて分析するように問いかけてくるレドベージュ。すると湖張は少し考える。

「そうだね、嫌な予感というのは無いけれど、鼓動は速くなるのはあるね」
「ふむ・・・」
そう言うと、胸のそばで右手を開きかざすレドベージュ。そして緑色の光をほのかに燈す。

「何をしているの?」
その行動に疑問を感じる湖張。
「いや、何か体の中で異常があるのではないかと思ってな。
しかし何の異常も見当たらなかった」
「そうなの?」
「うむ」

そのやり取りが終わると、レドベージュはゴルベージュに問いかける。
「今の話、聞いていたか?」
首を縦に振るゴルベージュ。
「まあ途中からだがな」
「どう考える?これは元々お主の軍配だ。何か心当たりがあるのではないのか?」

たしかに元々覇王の団扇はゴルベージュの軍配が姿を変えたものであるので
元の持ち主であるゴルベージュならば真相が分かるかもしれない。回答に思わず期待してしまう。

「そうだな、完全には分からないぞ。
だが推測ならばできる」

「推測・・・ですか?」
湖張がゴルベージュの言葉に反応をすると、彼女の方に顔を向け回答が始まる。

「その団扇だが、使用者の力量と心に連動して力の放出具合が変わってくる。
つまりそれは使用者と繋がりを持って判断しているという事だ。
そして繋がりを持つという事は、大なり小なり影響を及ぼす可能性もある」

「ふむ、そういう事か」
ゴルベージュの回答を聞くと、何かを理解したような素振りを見せるレドベージュ。
一方湖張は頭に疑問符が二つほどついている状態である。

「・・・どういう事?」
小声でレドベージュに耳打ちする湖張。すると彼はゴルベージュの代わりに解説を始める。

「簡単に言うと、団扇の持つ力が逆流して湖張に流れている可能性がある」
「へ?逆流?」
「うむ、団扇が発する力が小さければ然程影響が無いのだろうが、
思い切り斬った時はその分大きな力が発生している。
そしてその力が湖張の方にも伝わってきているのであろう」

「あ、だから思い切り斬りかかった時は鼓動が速くなったの!?」
「おそらくそうだと考えられる」
レドベージュはそう答えると、確認を取るようにゴルベージュに視線を移す。
するとゴルベージュは頷く。

「そうだな、それが実体だろう。
湖張よ、団扇を貸してもらえるか?」
右手を差し出してくるゴルベージュ。すると湖張はそっと団扇を手渡すと、ゴルベージュはジッと団扇を見つめる。

「そうだな、確かに力の流れが乱れている。
これでは力の逆流もありえるな。
さらには湖張の感受性も鋭いのであろう。流れを敏感に感じ取ってしまったのかもしれん」

そう言うと団扇を握りしめ、手を光らせるゴルベージュ。そのまま5秒程光を放った後にゆっくりと輝きが終わる。

「よし、調整をしたぞ。これで落ち着くはずだ」
そう言って団扇を湖張に手渡すゴルベージュ。それを両手でそっと受け取る湖張。

「ありがとうございます。これで大丈夫なのですか?」
「おそらくは・・・な。まあこれで問題なく力が発揮できるようになったな」

「あはは、まあそうかもしれませんね」
ゴルベージュの問いかけに苦笑いを見せる湖張。
しかしその表情を心配そうに見つめるレドベージュ。そしてゴルベージュに話しかける。

「いや、そういう単純な問題ではなかろう。
確かに胸騒ぎは解決が出来たのかもしれないが、それだけでは無いではないか。
行き過ぎた力に対する湖張自身の考えもあるのだ。
そう簡単に力を振るえというのは乱暴であろう」

その言葉にため息交じりで腰に手を当てるゴルベージュ。
「まったくお前というやつは・・・まあ良い。
私とて無理強いをするつもりは無いからな。
怪我無く上手くやってくれればそれで問題ない」

どうやらレドベージュは自分に気を使ってくれていると感じた湖張。
それが少し嬉しかった。本来ならば甘えと指摘されるのかもしれない部分なのだが、そうではなく受け入れてくれるらしい。
しかしその反面、レドベージュに申し訳なさを感じた事も事実だ。
それに自分自身もそれではいけないと感じている事も事実である。

深く息を吸い、意を決する湖張。

「ありがとう。でも大丈夫だよレドベージュ。
確かに過ぎた力は好きじゃないのは事実だけれども、それじゃいけないのも事実だとも思う。
今日だってそう。レドベージュがいなかったら、まだ魔物は倒せなかったと思うし、それによって被害も広がっていたよ。
だから私、頑張ってみるよ」

「湖張・・・」
心配そうなレドベージュに笑顔を見せて安心させようとする湖張。
「ほら、そんな心配そうな顔をしないでよ。
そもそも変な胸騒ぎがあったから敬遠していたけれど、もうそれは無くなったわけだから問題ないよ。
後は私が力に飲み込まれないで使いこなすだけ。気の持ちようの部分だけだよ」

湖張の言葉を聞くと、少し考えるレドベージュ。
「そうか。だがあまり無理する必要もないのだからな?
そんなに一人で背負い込む必要は無いのだ。我もいるのだ。嫌な事は無理しなくて周りに頼れば良い」

「そうですよ、私もいます!」
先程から心配そうに聞いていたラナナも、そのタイミングで会話に入ってくる。
どうやら彼女もどうにかして力になりたいと考えているようだ。
そこで優しい笑顔を見せる湖張。

「そうだね。困ったら頼らせてもらうよ。ありがとう」
そう言った後に、団扇を握りしめる湖張。そしてジッと見つめる。

(そうだね、大丈夫だよね)
心の中でそう呟くと、自然と何かを決意したかのような眼差しになる。

と、その時であった。
町の奥から再び人の叫び声の様な物が聞こえてきた。

「何かあったのでしょうか?」
ラナナが声をする方を心配そうに見つめる。
「ひょっとしてまたあの大きな魔物が現れたとか!?」
「そんな!?」

湖張の予想に戸惑う素振りを見せるラナナ。
そして何気なく左方向に視線を移すと、予想外のものが目に入る。

「湖張姉さま、あれ!!」
大きな声で視線の先を指さすラナナ。
そこにはメーサ教が絡んでいると考えられる皮膚の硬い魔物が、壁際で列をなして走っている姿があった。

「え!?こんな時に何で!?」
その数は10匹前後といったところであり、決して少なくはない。
当然のように戸惑いを隠せない状況だ。

「どうしよう、作物を少しずつ荒らすだけだから、とりあえずそこまで危険な魔物ではないけれども、放ってはおけないよね?」
湖張がレドベージュに確認を取ると、彼は首を縦に振る。
そしてそのタイミングでゴルベージュが話しかけてくる。

「いや、これはとてもまずい状況だぞ。
話を聞く限り、そこまで危険な魔物では無いのだろうが
この状況だ。得体のしれない魔物が追い打ちをかけるように現れたら町がより深刻なパニックに陥るだろう。
早急に退治しなくてはなるまい」

「え?!」
ゴルベージュの考えを聞くと戸惑う湖張。ラナナも少し考える。
「・・・確かにそうなる可能性は十分にありえますね。
魔物が広がり大勢の人々の目に触れる前に退治する必要があります。
でも参りましたね。こうも町中ですと先ほどと同様に広範囲に影響を及ぼす魔法が使えません」
「そうだな、接近戦で倒す必要があるな」

ラナナの発言に同意を見せるゴルベージュ。そして何かを言いたげな素振りで湖張に視線を移す。
おそらくは団扇を使うように促しているのであろう。
するとその無言の振りに気が付いたレドベージュはゴルベージュに言葉を発する。

「そのような仕草を見せるでない。皆で協力して一匹ずつ確実に仕留めれば良いのだ」
レドベージュの言葉を聞くと、恐らくは自分に無理をさせまいと考えているのであろう。
湖張はそう感じとると、団扇を手に取り話しかける。

「大丈夫だよレドベージュ。むしろ今が良い機会だと思う。
練習も兼ねてやってみるよ。
ただどうなるか分からないから、そばにいてくれると助かるかな」

「・・・そうか」
湖張の言葉を聞くと、少し間をおいてからそう伝えるレドベージュ。
相変わらず心配そうではある。

「決まりだな。時間が惜しい、行くぞ」
レドベージュの気持ちなどお構いなしの様子で、魔物退治の号令をかけるゴルベージュ。
そしてそれを合図にして、一同は魔物が走っていった方向に急行するのであった。

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