ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百七十八話【聞こえない呼び声】

           

白い空間。何も音が聞こえない空間。周囲がぼんやりとした場所に浮いているような気がするラナナ。
ただ目の前にだけは不思議な模様が存在している。いくつもの虹色に輝く細長いひし形の宝石が並び、雪の結晶のような模様を描いている。そして何も聞こえないはずなのに、何故だか自分を呼んでいる気がする。

そうこうしている内に、徐々に消えていく宝石たち。そして強い光に包まれたかと思うと、次第に瞼が開き、いつもの世界が再び始まる。

「・・・おはよ」
目の前に映し出されているのは様子を窺うように覗き込む湖張の顔。明るい部屋から察するに朝のようだ。ラナナは体を横にしており、ベッドから起き上がれないまま、着替え終わっている湖張をぼんやりと見ている。

「・・・おはようございます」
小さい声で返すラナナ。すると湖張は様子を窺いながら問いかける。
「宿から少し離れた位置に美味しいパンを出してくれるお店があるんだって。朝食はそこに行かない?」
「・・・・・・」
まだ寝ぼけている様子のラナナ。それをジッと見つめ続ける湖張。

「行きます」
ようやく頭が回り始めたのか回答するラナナ。そしてゆっくりと体を起こして背伸びを一つ。立ち上がる前にもベッドに座って一休みをし始めたところで湖張はレドベージュに話しかける。

「というわけでちょっと出かけてくるね」
「うむ、行ってくると良い」
そう返事をされると、今度はラナナに向かって話しかける湖張。
「支度はゆっくりで良いよ。そんな急いでもいないから」
「はい」

ようやく立ち上がり着替えや身だしなみを整え始めるラナナ。そこでユカリは近づいてくるが、レドベージュが制止する。

「しがみ付いていては朝食も取りづらかろう。ユカリは我とこの部屋で待っているのだ」
ユカリはそう言われるとベッドに上がり、ラナナが寝ていた場所で寝始める。

そうこうしている間に支度を終えるラナナ。
「お待たせしました」
「じゃあ行こうか」
穏やかに部屋を出る二人。そして朝の町を歩く。雲は多めではあったが晴れていて気持ちが良い。町の石畳は濡れており、明け方は雨が降っていたようではある。雨が弾けたほのかな匂いが不思議と心地よく感じる。

十分ほど歩くと、白いカフェが見えてくる。目的の場所はここのようだ。店に入るとテラス席に案内され、木製の丸テーブルに向かい合って座る二人。数分間、魅力的なメニューの中から何を注文するかを迷いつつも、爽やかな周囲の雰囲気を堪能する。席のすぐ横は町の歩道に面しており、まるで町の中で食事をしているかのような気持ちになる。

注文後、程なくして、とろけたチーズをふんだんに乗せたパンに、焼いた果物が挟まれた甘いパン。細かな燻製の肉がちりばめられたパンに、硬めで細長いパンと様々な特徴を持つパンがテーブルに並ぶ。更には鮮やかな緑色の瑞々しいサラダがテーブルの中心に届けられたと思うと、数種類の豆類が入っている多めのスープが湖張の目の前に運ばれてくる。

「パンを目的に訪れたのに、随分と大盛りのスープを頼むのですね」
小さな苦みを含む笑顔のラナナに誤魔化しの笑顔の湖張。
「まあ、美味しそうだったから」
「湖張姉さまってスープ類が好きですよね?」
「そうだね、何だか落ち着くんだよね」
「温かい物はお腹に優しいので良い事だと思います」

とりとめのない会話をしながらゆっくりと進む食事。パンの大きさはそこまで大きくないので、もう数種類ならば追加しても食べられそうだ。味も良かったようで、上機嫌で再度メニューを見始めるラナナ。その様子をジッと見つめる湖張。

「どうかしました?」
湖張の赤い瞳がずっと向けられている事に気が付くと不思議そうに問いかけるラナナ。
「いや、今は元気だなって」
「今は?」

ラナナの首を傾げる素振りを見ると、様子を窺うように問いかける湖張。
「・・・最近さ、ちゃんと眠れている?」
「え?」
少し驚いた表情をラナナが見せると、話を続ける湖張。

「ここ二、三日さ、今日もそうだったけれども朝に弱くなっているなって感じてね」
「・・・そう、でしょうか?」
「うん、今までラナナは目が覚めたら、すぐさま行動に移っていたけれども、最近はのっそりしているというか・・・それ以前に毎日、もう少し早くに起きていたよね?」
「え・・・あー」
斜め左下に視線を向けるラナナ。湖張は彼女の素振りを見逃さないように見つめながら話を続ける。

「更には昨日の魔物と戦っている時もそう。最初の一発目、魔法を外したよね?あれくらいの魔物の動きだったら外す事なんて今までなかった。その後も何か様子がおかしかったじゃない?」

身を乗り出してラナナの顔を覗き込むような素振りを見せる湖張。
「だから、あまり良く眠れていないんじゃないかって思ったの。睡眠不足が影響しているんじゃないかって」
そう問われると、小さくため息をつくラナナ。観念したのか、困った時に見せる笑顔になる。

「かなわないなぁ湖張姉さまには」
「やっぱり眠れていないんだ」
首を横に振るラナナ。
「いえ、そういう訳ではありませんよ。ただ、ちょっと変だなと自分でも思っています」

姿勢を元に戻し椅子に腰を掛けてから心配そうな表情を見せる湖張。
「私が言うのも何だけれどもさ、やっぱりあの村の事を引きずっている?」
再び首を横に振るラナナ。

「いえ、そういう訳ではありません・・・というか湖張姉さま、やっぱりまだ辛い状態なのですか!?」
今度は逆にラナナに問われる湖張。墓穴を掘ったと言わんばかりの顔で答える。

「・・・いや、まあ全く引きずっていないというのは嘘だけれどもさ、だいぶ落ち着いてはいるよ。大丈夫。心配無用。レドベージュの言葉がガツンと効いてさ。あの子を呪いにしてはいけない。だから私はしっかりと進む事にしたんだ」

そう伝えると、再びラナナに問いかける湖張。
「それで、何があったの?」
すると神妙な顔を見せるラナナ。

「実はですね、最近変な夢を頻繁に見るのですよ」
「夢?」
「はい・・・白い空間の中におり、周りには何もありません。ですが目の前に不思議なものだけがあります」
「どういうもの?」
「紡錘形・・・とでもいうのでしょうか?それとも双円錐?」
「ぼうすいけ・・・そうえん?え!?」
「そうですね・・・細長いひし形ではいかがです?」
「あー」

湖張が何となく分かったような素振りを見せると、ラナナは続けて情報を伝える。
「その細長いひし形の宝石が七色に輝きながら沢山並んでいるのですよ。その並び方は雪の結晶みたいな配置です」
「随分と幻想的だね」

ラナナは幻想的という表現が適切か、自分がぼんやりと覚えている光景に当てはめてみるが、それとは少し違う気もするが遠くも無い感じもする。その事は口には出さずに続けて夢の内容を話す。

「更に続けますね。そんな空間なのですが音は全く聞こえないのです。そして私も声を発する気が起きないのですよね。ただ何故だか私を呼んでいるような感覚になるのですよ」
「え?どういう事?」
「それが分からないのですよ。ただ、呼ばれているという感覚です。・・・それでですね、ここからが本当に妙なのですが、起きている時も誰かに呼ばれているような感覚に陥る事がここ最近、あるのですよね」

「待って待って、更にどういう事!?」
驚きと慌てる表情の湖張。ため息のラナナ。
「昨日の魔物と戦っている時もそうです。何か呼ばれている感覚になって魔法を外してしまいました。その後も呼ばれ続けている感じがしたので周囲を見渡したのですが、何も見つけられず終いです」
「だから最後、キョロキョロしていたの!?」
「はい」
「でも何も聞こえないんだよね?」
「そうなんですよ。妙なのです」

心配そうな顔を見せる湖張。
「レドベージュに相談しようよ。何か分かるかもしれない」
首を横に振るラナナ。そして誤魔化しの笑顔を見せる。

「いえ、大丈夫ですよ。多分これ、疲れですから」
「疲れ?」
「はい。なんだかんだでずっと旅をしているじゃないですか。それに魔物との戦闘も最近は多いです。そりゃ変な夢も見れば変なものを感じたりもします。実際の所、疲れからくる幻覚はあります」
「でも」
「これから保養所に向かうじゃないですか?そこでゆっくりすれば治りますよ。もし、そこでも治らなかったらレドベージュに相談します。レドベージュに言ったら凄く心配されるでしょうし、下手したら旅をやめさせられるかもしれません。それだけは避けたいのですよね。実際の所、故郷は近いですし」

納得を見せる湖張。
「そういう事か」
頷くラナナ。
「はい。まだ私は赤き聖者として旅をしたいのです」
「でも無理は駄目だよ?」
「当然です。なので保養所ではゆっくりとするつもりです。というか湖張姉さまも現地に着いたらゆっくり休んで下さいよ?私から言わせれば湖張姉さまの方が心配です」

その言葉に苦笑いの湖張。
「分かっているって。私もゆっくりはするつもり。正直私も疲れている。でも、もし修練場みたいなものがあるのだったら、そっちにも挑みたいなとも思ってはいるの」
不審そうな顔で問い詰めるラナナ。

「どういう事です?」
「いや、もっと強くなりたいんだ」
「もっと・・・ですか?」
「そう。例えばこの前の黒い魔物だけれども、一人では倒せなかった。一人でも倒せるくらい強くなりたいんだ」

呆れた溜息のラナナ。
「何を言っているのですか?無理せずとも私たちで協力して倒せばいいだけじゃないですか」
「いや、そうなんだけれどもさ。分かってはいるよ。私たちはチームなんだ。普段は三人とユカリで倒せば良いんだよ。でもいつも皆が万全の状態で戦えるとは限らないでしょう?その時でも困難を乗り越えられるように力を付けておきたいんだよね」

少し考える素振りを見せるラナナ。
「・・・確かにこの前、私は治療の為に戦線を離脱していました。つまりはそう言う事ですよね?」
「そうだね。でもさ、正直な所この前はハルザートや国の騎士さんの協力があってこその勝利でもあったんだ。例えラナナがあの場にいたとしても、二人の協力は必要だったと思う。それもあって、もっと強くならないといけないとは思うんだ」

「・・・そもそも今の私たちだけでは力不足。という事ですね」
溜息のラナナ。そこで湖張は右下に視線を移して言葉を伝える。

「ラナナとレドベージュに力不足は感じていないよ。実際の所、二人には絶対的な信頼感があるんだよね。少し照れ臭いから言っていなかったけれども、特にラナナとは何だろう?不思議と息が合うというのかな?一緒にいると物凄く色々な事がやり易いんだよね。だから力を合わせれば実力以上の相手も対処できるとは思うんだ。ただ私自身がもっと強くなれば更に出来る事が増える気がするんだよね」

そう言われると少し頬を赤らめるラナナ。
「これが愛の告白というやつですか?」
「違う違う違う。どうしてそうなるの?!」
「冗談ですよ。ただあまりにもカワイイ事を言うので好きになっちゃう所でした」
「こらこら・・・」
呆れ顔で溜息をつく湖張に優しい顔を見せるラナナ。

「でも湖張姉さまの言う事は私も分かります。私もそう感じてはいましたから。実際の所、私たちは相性が良いと思いますよ?学校では苦手な人が何人もいましたが、その人たちと比べたら・・・いえ、比べ物にならないくらいやり易いですね」

そう伝えると温かいお茶を口に運ぶラナナ。そして会話を再開させる。
「気持ちは分かりました。でもとりあえず保養所ではゆっくり休んでそれからどうするかを考えましょう。疲れている時は判断が鈍るものです。それに湖張姉さまが頑張っているのに私だけ寛ぐのも気が引けます」
「・・・まあ、そうだね。それにレドベージュもどのくらいで直るのかも分からないから予定は立てられないもんね」
「そうですよ。とりあえず温泉に入ってゆっくり。全てはそれからです」
「分かった。とりあえずはゆっくりしよう」

湖張はそう言った後にスープを口に運ぶ。彼女の納得した雰囲気を確認すると少し安心した表情を見せた後に、メニューを再び見始めるラナナ。そして席から離れた位置にいる中年の女性店員に向かって手を上げると、ゆっくりと笑顔で向かってくる。

「何を追加するか決まった?」
問いかける湖張に笑顔のラナナ。
「はい、今度は干した果実の入ったパンと少し辛口の・・・」
変なタイミングで言葉を止めるラナナ。顔から急に笑顔も消える。
「何!?どうしたの?」

様子の急変に怯えるように問いかける湖張。するとラナナはスッと町の歩道側に顔を向ける。直後、硬直した表情を見せる。
慌ててその方向を見る湖張。するとそこには、だぶついた緑色のローブと白いズボンを穿いた罔界の住人、デスピエロが大きな紙袋を持って通り過ぎていった。

「なん・・・で?」
自分たちには気づいていない様子で通り過ぎるデスピエロ。唖然としている二人の元にオーダーを取りに来た店員が話しかける。
「最初はついつい見ちゃうよねえ?」
落ち着いた雰囲気の店員に違和感を抱いた湖張は問いかける。

「何か見慣れている感じですね?」
「そりゃそうよ。一週間くらい前からよく見るんだよ、あのピエロ」
「え!?」

顔を見合わせる湖張とラナナ。店員は話を続ける。
「最初は何かと思ったけれども、大量に食料を買っては何処かに消えて行ってしまうんだ。うちのパンも何度か買いに来てくれているよ。今となってはここら辺では、いいお客さんだよ」

「何処へ向かっているのですか!?」
湖張の問いに首を傾げる店員。
「それが良く分からないんだよね。村を出て北の方に向かっているという話だけれども、その先は誰も見ていないんだ」

再び顔を見合わせる湖張とラナナ。
「それで注文はどうします?」
店員の問いかけに少し考えるラナナ。そこに湖張は話しかける。

「とりあえずこちらに気づいてはいないし、折角呼んだのだから軽く食べてから戻ろう。多分大丈夫でしょう?」
「・・・そうですね、ではこうしましょう」

そう言うと昼食用に数個のパンをテイクアウトで注文するラナナ。流石に悠長な事を言ってはいられないと感じたようで、朝食としての注文は止めるのであった。

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