ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百七十六話【決意を固めて】

           

湖張が少し落ち着きを取り戻した後、一行は深雪と別れた町に戻る事にした。距離的に一番近かったからである。

昼前の到着とはなったが、何処にいくわけでも、何をするわけでもなく、宿の部屋でただ時間を費やすだけであった。

部屋の端にあるベッドの上で壁に力なく寄り掛かって座っている湖張。目の下を腫らしながら今までの事を思い返している。そんな彼女に少し離れたテーブルの位置から優しく声をかけるラナナ。

「お茶を淹れました。召し上がってください」
「・・・うん」

元気は無かったものの、返事をしてくれたので今はこれで良いと感じるラナナ。そして自分で淹れたお茶を口に運び、カチャリとカップと皿が触れる音を立てるとレドベージュに問いかける。
「これから、どうしますか?」
彼女に顔を向けるレドベージュ。
「少し予定を変えて、北西を目指そうと思う」
「北西を目指す・・・ですか?」

ラナナの疑問符を解消するために説明をし始めるレドベージュ。
「うむ、まずこの周辺の魔物に関してだが正直なところ完全に解決はしていない。だが本日倒した魔物が恐らくは近隣において最強であろう。あれを越える個体はいないと思われる。そして去り際に耳にしたハルザートと国の騎士の会話からすると、国は一旦調査を中断するが体制を整えて再調査するような事を言っていた。任せても良いであろう。そして天にも重点的に付近を警戒するよう伝えておく。この件に関してはこれで問題は無いはずだ」

このタイミングで失われた自らの左腕付近に視線を移すレドベージュ。
「一方で我々は色々と傷ついてしまった。本来ならばラナナの故郷に向かう予定ではあったが、遠回りをして少し癒す時間を設けたい」

「ごめん、私のせいだ」
湖張が呟く。首を横に振るレドベージュ。
「何度も言うが湖張は悪くない。そうやって自分を責められる方が我はつらい。我はリビングアーマーだから傷は直るのだ」
「・・・」

視線を右斜め下に向けて黙ってしまう湖張。レドベージュは傷が刻まれた右手を掲げて話を続ける。

「我は周囲の魔素を集めて力を蓄えたり、このように傷ついた体を再生させたりできる。この程度の傷であれば数日で直るであろう。しかし左腕のように失われてしまった場合は再生に時間が掛かってしまう」

右腕を下げてラナナに視線を移すレドベージュ。
「なので北西を目指す。そこには天の施設があるのだ」
「天の施設・・・ですか?ウンバボさんの洞窟みたいな場所です?」

ラナナの問いかけに頷くレドベージュ。
「うむ。だがウンバボの所は修練場という立ち位置ではあるが、これから目指す場所は保養所だ」
「保養所?そんな場所があるのです?」
「うむ、二人のように天に関わる者や、やむを得ず天に保護された者のリフレッシュに利用される。そしてそこは魔素の濃度が高くてな。我の再生速度も早められるのだ」
「なるほど、そこで効率よく腕を直すのですね?」

頷くレドベージュ。
「うむ、そうだ。そして何より二人にも寛いで癒されて欲しい。良質の温泉宿だぞ」
苦笑いのラナナ。
「そんなものがあるのですか・・・でも、少しゆっくりするのも悪くは無いかもしれませんね」
そう言って湖張に視線を移す。すると曇った顔をしながら小さな声を発する湖張。

「・・・良いのかな、そんな事をして。皆、いなくなっちゃったのに、自分たちだけ呑気な事をやっていて良いのかな?」
追い詰められたような様子で苦しそうな湖張。するとレドベージュは頷いて答える。

「良いのだ。何故ならば湖張は生きているではないか。生きているのであれば自分自身を大切にしなければならぬ。確かに故人を思うと申し訳なさが心を支配してくるが、自分自身も大切な命には変わりない。命は等しく幸せになる権利を持っている。だから良いのだ」

「・・・」
少し考える間を持つ湖張。レドベージュは続ける。
「それに故人を思うのであれば、余計に縛られ続けてはならぬ。その思いが足かせになり幸せの阻害に繋がれば、それはもはや呪いだ。大切な故人を負の存在に変えてはならぬ」

「難しい事、言わないでよ」
うずくまる湖張。時折、鼻をすする音のみが聞こえる。

続く沈黙。誰も何も言わず、静かに時間だけが過ぎていく。ラナナは膝の上で丸くなっているユカリを撫で続け、レドベージュは事の成り行きを優しく見守るように何かを待っていた。その中で、湖張はゆっくりと顔を上げる。

「・・・今日までにする。明日からは悲しむのを止める。あの子を呪いなんかにはしない。でも、今日の事は忘れない。同じような黒い異形の魔物は絶対に倒す。これは呪いなんかじゃない。同じような悲しみを起こさないための決意。姉弟子として、赤き聖者としての決意」

すると頷くレドベージュ。
「今はそれで良い」
それ以上は語るのを止めるレドベージュを見た後に立ち上がり、ラナナが淹れたお茶を口にする湖張。

「ありがとう、美味しいね」
その一言を聞くと、小さく頷き微笑むラナナ。少しだけいつもの湖張の姿を見る事が出来たので、素直に嬉しく感じたからであった。

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