ファンタジー小説「Peace Keeper 赤き聖者」第百七十四話【黒い柱】

           

一夜明けて、新しい朝が始まる。曇り空ではあったが、雨の心配はなさそうではあった。その日は朝から魔物の調査に出る事が村中に伝わっており、朝食の支度や見送りの準備で村全体の動きも早かった。

ラナナはその様子を見ながら困った笑顔で湖張に話しかける。
「ちょっと周囲を調査しに行くだけなのに、大事になっていますね。お祭りの準備みたいですよ」
「そうだね。でもそれだけ魔物が居なくなる生活を期待しているんじゃないかな?」
「がんばらないと・・・ですね」
「うん。でもここまでされちゃうと、今日が空振りで何の成果も得られなかったら帰りづらいね」
「・・・それ、可能性は低くないですよ」

「姉ちゃん!」
二人の心配をよそに走り寄ってくる少年。そして湖張に真正面からしがみ付く。
「気を付けて行って来いよな!」
「うん、分かった。にしても君は意外と甘えん坊さんだね」
そう言われると、恥ずかしそうに湖張から剥がれる少年。

「そんなんじゃないよ!」
「はいはい」
「姉ちゃんの強い技で、魔物をぶっ倒してきてくれよな!!」
照れを隠すような発言をする少年。期待に応えられるかどうか分からないので、ついつい苦笑いを見せる湖張。そしてすぐさま優しい顔に戻すと、少年に封書を渡す。

「はいこれ。おじいちゃん宛に手紙を書いておいたよ」
ぱあっと嬉しそうな顔を見せる少年。
「ありがとう!俺、絶対に強くなるから!!」
無邪気な少年の様子を見ると、湖張は彼の顔と同じ高さまでしゃがみ、顔を合わせる。

「君はこれから強くなると思う。でもその前に姉弟子としての最初の教え。芭蕉の力は正しき道の為にあり。芭蕉心拳はね、強い技だけれども絶対に正しい事にしか使っちゃ駄目なの。私は自分の力でこれから皆の生活を守るために出かけてくる。君もこれから芭蕉心拳を習得するならば、絶対に力の使い方を間違えちゃ駄目だよ?」

「分かった!!」
元気よく頷く少年。湖張は微笑みながら軽く頷く。そしてこのタイミングで気になる事があり何かを探すように周囲を見渡す。
「弟君は?」
「家の庭にいるよ。何か探している」
「そっか。迷子になってなければ良いや。じゃあ手紙はお父さんに渡しておいてね」
「分かった!!」

そう言って近くで村人と話している父親の元に走っていく少年。その姿を確認した後に隣で湖張を見つめながら話しかけてくるラナナ。
「なんだか嬉しそうですね」
「元気だよねー」
「違いますよ、湖張姉さまがです」
「私が?」
「はい」

一度、驚いた表情を見せた後に穏やかな表情で答える湖張。
「嬉しい・・・のかな?でもあの子がどんな未来を見せてくれるのかは楽しみではあるかな」
「湖張姉さまはまだ若いのに、ちょっと発言が年長者過ぎません?」
「えーそうかな?」

そうこうしていると、レッド君が近寄ってきて湖張とラナナに声をかける。
「準備が整ったようだ。二人とも良いか?」
「はい、いつでも」
「うん、問題ないよ」
湖張はそう告げた後、少年に向かって小さく手を振る。それに気づいた少年は父親の隣から大きく元気よく手を振って答える。その反応に穏やかな表情を見せながら村の門の前に移動すると二刀流の騎士とハルザート、メーサの騎士が待っていた。

「お待たせ」
「今日はよろしく頼む」
二刀流の騎士と軽く挨拶を交わすと、これから出発を感じた村人たち全員が見送りの為に門の前まで集合してきた。

「やっぱり大袈裟ですよ、この展開」
重圧を感じた顔でラナナがぼやくと、ハルザートも少し困った顔で反応する。
「そうだな。長い間ここに滞在している分、余計に期待は裏切りたくはないな」

「姉ちゃん、頑張れー!!」
少年が人だかりの前列で大きな声援を送ると、湖張は手を上げ笑顔で答える。と、その時であった。

「お姉ちゃん!!」
兄の横から小さな人影が走り抜けて近づいてくる。弟だ。右手を上げている。どうやら草を握っているようだ。

「四葉のツメーハを見つけたよー!!」
四葉のツメーハ。先日、湖張と兄弟の三人で探したけれども見つけられなかった幸運をもたらすとされている野草。どうやら湖張の調査が無事に終わる事を願ってか、間に合わせるために朝から一生懸命探していたようだ。ようやく見つけられたからか嬉しそうな満面の笑みで走り寄ってくる。
その笑顔が嬉しくなり、湖張は弟に近づくために一歩前に出ようとする。

ほんの一歩、一秒も経たない時間。たったそれだけの時間。だというのに目の前の光景は瞬時にして切り替わる。

今まで少年がいた場所に直径5メートル越えの黒い柱のようなものが上空から降ってきて、大地を突き刺しているかのように立っている。

弟弟子を圧縮している。

柱の着地と同時に周囲に強い衝撃波が巻き起こる。吹き飛ぶ周囲の村民たち。駆け寄っていた弟も吹き飛ばされて湖張の横を鈍い音を立てながら転がっていく。

余裕のない形相でハルザートが湖張とラナナを突き放す。後方に飛ばされて腰をつく二人。
次の瞬間、ハルザートの頭上には巨大な黒い口が噛み千切るように襲い掛かってきていた。

口によって作られた影により日の光が遮られ、姿が暗くなるハルザート。しかし次の瞬間、彼は緑色の巨大な光の半球体に包み込まれる。すると口は食らい付きはするものの、口を閉じる事が出来ずに膠着状態となる。

そこで強い光を放つ光の半球。すると巨大な口は噛み千切る事を諦め大きく仰け反る。

目の前にいるのは昨日遭遇した黒い異形の魔物を更に巨大化したような魔物であった。ありえないくらいの強大な柱の様な足。20メートルは優に超える高さ。巨大な口。数多の蔓。そびえ立つ異形の塊は戦慄を振り撒いている。

「え・・・あ・・・」
少年がいた場所を震えた視界で見つめる湖張。さっきまで確かに存在していた元気の塊はそこにいない。あるのは押しつぶしている黒い柱。

震えながら右後方に、何かが転がっていった方向に視線を移す。するとそこにはうつ伏せで血まみれの弟が動かなくなっている姿が目に入る。

「あ・・・ああああああああああぁ!!」
大きく慟哭する湖張。立ち上がり手を魔物に翳す。と、その時であった。黒い異形の魔物は数多くの蔓を鞭のように周囲を叩きつけて暴れ始める。それに巻き込まれていく衝撃波により倒れていた村人たち。絶望が広がる。

「止めてー!」
連続で魔法の光弾を放つ湖張。しかし無情にも効果は無く爆発による煙だけが魔物を包んでいく。しかしそれが仇となり魔物の動きが見えづらくなってしまう。このタイミングで煙に紛れて多くの蔓を湖張に向けて振るう魔物。その結果、対応が遅れてしまう。

「離れるのだ!」
レドベージュが湖張の目の前に飛び出し、魔物に向けて左手をかざす。そして緑色で円形の魔法の防御壁を展開すると同時に、右手を湖張にかざす。そして魔法で湖張を弾いて後方に飛ばして距離をとらせる。

蔓を防ぐレドベージュ。しかし蔓の最後の一撃と同時に魔法の防御壁はガラスのように砕けちってしまった。どうやら相当な威力を誇っているようだ。

その様子を見るなりラナナに駆け寄るハルザート。そして倒れている弟を指さしながら普段の冷静さなど無くして言葉を投げる。

「あの子を連れて遠くに離れて治療をしてくれ!君ならば衝撃を与えずに魔法で浮かせて治療ができるだろう!?」
その言葉で固まってしまっていた頭が一気に動き出すラナナ。強く頷く。

「分かりました!」
少年に駆け寄り魔法でスッと宙に浮かせる。そして狼狽するメーサの騎士に向かって訴える。

「貴方も来てください!治療に専念したいので周囲に魔物が迫った時に守ってください!」
あの魔物相手では命を捨てるだけという事が容易に想像できたので、後方に退くもっともらしい理由をメーサの騎士に提供するラナナ。すると彼はハルザートに視線を一度送る。

「その子と彼女を守るんだ!」
剣を抜き魔物に対峙をする姿勢を見せながらメーサの騎士に伝えるハルザート。
「分かりました!」
頭を一度下げてラナナに近づくメーサの騎士。
「行きましょう!」
村から離れて移動するラナナと騎士。二人が立ち去り距離が開いて行くにつれ、戦う意識が強まっていくハルザートの顔はより険しくなっていく。

「お前らは下がっていろ!」
村の奥から出てくる兵士たちに大声で指示を出す二刀流の騎士。国の兵士たちは見送りに参加しておらず、村の中を警備していたので巻き込まれてはいなかった様子だ。しかし彼らでは対応できない相手と容易に判断が出来たので、待機を命ずる。

「・・・どうする?」
圧倒的な存在に戦慄を抑える二刀流の騎士。後退しそうになる本心を何とか抑え込み、その場で魔物を睨みつける。

そんな彼の横を高速で通過する人影を感じる。開いた鉄扇を手に持った湖張だった。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」
無鉄砲とも思える、怒りに任せ周りなど見えていないような雰囲気で飛び込む湖張。当然のように無数の蔓が襲い掛かるが、鉄扇で次から次へと切り裂いていく。

「無茶だ!下がれ!!」
レドベージュが湖張のサポートに回り彼女に襲い掛かる蔓を切り落としながら指示を出すが、湖張はより深い懐まで突き進もうとする。
するとより多くの蔓が彼女を目掛けて襲い掛かる。

「!?」
捌き切れない数の蔓。逃げ場を完全に塞いだかのような攻撃に湖張は固まってしまう。

「しまっ・・・た!?」
「こはるーーーーーーーー!」
飛び込んで湖張の襟をつかみ後方に投げ飛ばすレドベージュ。すると湖張は地面に叩きつけられ、後ろに転がる。そしてレドベージュは身代わりになった形で数多の蔓に身を打ち付けられてはじけ飛ばされる。
多くの赤い破片をまき散らしながら、ボロボロになった姿で湖張の目の前に転げ落ちる。

「お前の相手は私だー!」
剣を青く巨大にしたハルザートが魔物に立ち向かう。激しく動き、湖張たちへの注意を自分に引き付ける意図があるようだ。

「あ・・・あああああ」
ハルザートの意図など気付かずに、ただただ狼狽える湖張。するとレドベージュはヨロヨロしながらも体を起こす。彼の左腕が失われている事に気が付いている事もあり、取り乱し方は強い。
「怪我は無いか?」
「腕が・・・腕が!!」

首を横に振るレドベージュ。こんな状況でも湖張を安心させようとする。
「心配ない、我はいずれ直る。それより下がるのだ」
「そんな事、出来ないよ!」
「湖張!」
「出来ないって!」
「ならば冷静になれ!!」

一転して珍しく声を荒げるレドベージュ。湖張はビクッとする。
「目の前の魔物の危険度は高い。冷静な判断を常にしなければならぬ。分かるな?」
声のトーンをいつも通りにし、諭すように語るレドベージュ。すると湖張は一度うつむき、一歩前に出る。

「ごめん、自分を見失っていた」
湖張の頭が冷えた様子を感じ取るレドベージュ。そして問いかける。
「・・・そうだな。やれるか?」
頷く湖張。

「正直なところ、冷静さは取り戻せていない。・・・でも魔物を倒す冷徹さならあるよ。ここでこの魔物を倒さなきゃ他の人里で暴れる可能性もある。引けないんだ」

レドベージュに顔を向ける湖張。
「お願い、周囲に倒れている村の皆を運びだせる?もう手遅れとは分かっているけれども、少しでも綺麗な姿で弔ってあげたいんだ。魔法で浮かせて運べるよね?」
「湖張はどうするつもりだ?」

「倒してくる」
恨みのようなものを込めた目で魔物を睨みつける湖張。彼女の後ろ姿に「分かった」とレドベージュが伝えると、湖張は鉄扇を広げ魔法で宙に浮かす。すると高速に回転した鉄扇は魔物に向かって飛んでいき、次から次へと蔓を切り落としていく。止まらない鉄扇。そしてハルザートの周囲にまで鉄扇が到達すると、湖張は彼に向けて大きな声を伝える。

「蔓はどうにかする!また本体を傷つけて!!昨日のように私が吹き飛ばす!!」
「分かった!」
大きな声で返事を伝えるハルザート。彼の青く巨大な剣がより強く輝く。

「蔓をどうにかすれば良いんだな!?」
ここで飛び込んでくる二刀流の騎士。ハルザートを援護するように蔓を切り落としていく。
「ああ、昨日と同じ段取りだ!」

次から次へと蔓を切り落としていく湖張の鉄扇と二刀流の騎士。ハルザートも蔓を切り落としながら魔物に近づいていく。
その傍らで搬送を進めるレドベージュ。片手ではあったが、隙を見て村人を浮かせては離れた場所に手際よく次々と運び出していく。

「ぐぅ、昨日より蔓が多い!」
何とか食らい付きながらも蔓を落とし続ける二刀流の騎士。
幾度と危険な状況にはなっていたが、湖張の鉄扇が窮地を救う場面があった。
「もう少しだ、耐えてくれ!」
ハルザートの要請に歯を食いしばりながら更に動きの速度を上げる二刀流の騎士。
「無茶を言う!だが・・・切り開く!!」

さらに突出する二刀流の騎士。蔓に囲まれるが怯まない。最後の最後まで使命を果たすかのように立ち向かう。するとそこに赤い閃光が通り過ぎたかと思うと、目の前の蔓が切り落とされる。

「運べる者は全て運んだぞ!」
そう言ってボロボロの体でも右手に剣を構え、前線に復帰するレドベージュ。
そして彼の剣からいくつもの衝撃波が放たれ蔓を切り落とすと、本体までの通り道が発生する。

「今だハルザート!!」
合図を送るレッド君。すると渾身の一撃を魔物に向けるハルザート。
「いけえええ!」
大きく鈍い音がこだまする。どのくらいの傷がついたのかはすぐには判断が出来ない。
しかし湖張はハルザートがしっかりと役目を果たしたと直感し、技を繰り出す。

「覇王・・・爆炎弾!!」
渾身の一撃。恨みと悲しみが混ざり合った一撃。
ふと脳裏に少年の笑顔が過ると、涙が零れ落ちる。そして泣き顔を隠すかのように白い光が周囲を包み込む。大声で泣き叫んだかのような轟音が周囲にこだまする。

しばらくすると魔物を包んでいた爆炎が薄れていき、その後の様子を映し出していく。巨大な足の部分は残り、転がってはいたものの、その身のほとんどは消滅されていた。

それを確認すると、力なく崩れるようにその場に座り込む湖張。そして空を見上げる。
今まで曇っていた空ではあったが、不思議と視線の先だけは晴れ間の光が差し込んでいる。

「姉ちゃんやったよ。魔物を倒したよ」
声を上げて泣き叫びそうな気持を押さえて呟く湖張。彼女は力なく、ただただ空を見上げるしかできなかった。

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